亡き次男に捧げる冒険小説です。
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第2話 『ダンジョン・アタック前編』
〜《ウォーグ》の洞穴〜
〇一
ただただ白い。果てのない真っ白な空間。太陽も月も星もないのに明るいのはなぜなのだろうか。テーリは、一人佇み不思議に思った。ぐるりと辺りを見回す。どんなに目を凝らしても、何物も存在しないまばゆい世界。白一色の空間は天地の感覚を喪失させる。テーリは自分が立っているのか、逆さまになっているのかもわからなくなった。
漂うような感覚は「あの川」の底に似ていた。テーリは不謹慎にも、あの甘美な「死」の香りを思い出し、ぼんやりと掌を見た。握ったり、開いたりを繰り返して自分の「生」を確かめる。自分は生きているし、「死」を望んでもいない。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせる。
俄かに笑い声が聞こえた。後ろを振り向くと、20メートルほど先で三人の男が談笑をしていた。顔は判然としないが、知らない三人組の男だった。三人は楽しげに会話をしているが、お互いの顔を見ていなかった。一人は片肘をつき頭を支え、身体を横にして正面の空間を見上げていた。その後ろの一人は椅子に座ったような姿勢で、手元を見つめて親指を細かく動かしていた。最後の一人は胡座をかいて座り、両手で握る何かに視線を落としていた。三人はその姿勢で暫く声を掛け合っていた。時には大声で笑ったり、突然拗ねたり、おちゃらけたりする三人の団欒をテーリは飽きることなく眺めていた。見ているうちに自分もそこに加わりたい、そう思うようになり団欒に近づいてみた。
近づくにつれ、今まで気付かなかった小さな振動を感じるようになった。その三人組に近づくごとに、胸の鼓動のような振動が全身を襲う。この波動の出所はどこだろう、とキョロキョロしながらテーリはまた一歩、前に出た。
ドンと、より強い衝撃を感じた。手元を見ていた一人の男から生じた波は、テーリを目掛けて送り出される音であり、光であった。彼が発した波動はテーリにあたると彼に跳ね返っていった。跳ね返る際、音や色が変わっていた。この音と光の波動は激しく変化しながら、彼とテーリの間を行ったり来たりした。それはまるで途切れることのない「谺」のようであった。「谺」には彼の意識が刻み込まれていた。明確な意識をテーリは読み取れなかった。しかしその波動を受けるたびに「谺」から朧げな不安を感じた。あんなにも楽しそうにしているのに、なんでこんなにも不安になっているのだろうか。彼の表情を確かめようと、テーリは更に三人に近付いて行った。
徐ろに彼が立ち上がり、二人に背を向け歩き始めた。するとどうしたことだろう。自分の意思とは裏腹に、テーリは彼に引っ張られて行く。彼が十歩ほど歩いたところで、談笑していた二人が彼の異変に気付いた。その場に立ち尽くし、ワーワーと何やら呼びかけている。彼はそれを意に介さず、躊躇うことなくズンズン直進する。テーリはされるがままに彼に引っ張られて行く。もう着いて行きたくない、そこの二人助けてくれ!叫びたいが声が喉に詰まって呻くことさえできなかった。
いつの間にか残された二人組のそばに人影が増えていた。寄り添うように成人した男と女が立っていた。立ち尽くす四人はなお一層声を立てる。もはやそれは悲痛な叫び声となっていた。テーリには怒号のようにも嗚咽のようにも聞こえた。いよいよ彼に引っ張られる恐怖が限界を超え、テーリは腹の底から悲鳴を上げた。
「止めてくれー!」
テーリはガバリと起き上がった。汗がとめどもなく吹き出す。動悸が激しく、今いる場所が夢の中なのか、現実なのかの判断もつかない。肩で息をして震えていると、ナーレに肩を掴まれた。
「テー兄、大丈夫?怖い夢でも見たの?」
ボサボサの頭と寝よだれの跡から、テーリの叫び声に驚いて飛び起きたのだろう。ナーレは強くテーリを抱きしめた。何も怖くないよ、この部屋は安全だよ、そう何度も呼びかけた。テーリの意識が急速に覚醒していく。ああ、昨晩僕らは義兄弟になって、そのまま寝入ってしまったんだ。何も不安なことなんかないんだった。テーリの見た「怖い夢」は急激に萎んでいき、やがて消えてしまった。動悸の激しさだけが悪夢の余韻を残していた。
「驚かさないでよ、テー兄。寝ぼけるにしても、限度があるよ。」
夢如きで大騒ぎしてと、テーリはひどく詰られた。テーリはなんだか悪いことをしたと思い、ベッドの上で正座をして手を合わせた。
「ごめん、ごめんよ。なんだかよく覚えてないんだけど怖い夢を見ちゃったんだよ。」
謝り倒していると、ムクリとハーラが起き上がった。
「しまったー!」
突然の叫びにテーリもナーレも言葉を失った。
【第2話 〇二に続く】
次回更新 令和7年1月26日日曜日
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ハーラの叫びに、度肝を抜かしたテーリとナーレ。
ハーラの口から飛び出た意外な言葉に、ナーレは更に言葉を失うのだった…。
用語解説
なし