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ワイルド・ホーシズ Wild Horses
【活動期間】
1978年~1981年
【メンバー】
<Guitars, Keyboards>
ブライアン・ロバートソン/Brian Robertson(guitars, keyboards, vocals) 在籍1978~1981
ジミー・マカロック/Jimmy McCulloch(guitars) 在籍1978
ニール・カーター/Neil Carter(guitars, keyboards, vocals) 在籍1978~1980
ジョン・ロックトン/John Lockton(guitars) 在籍1980~1981
ローレンス・アーチャー/Laurence Archer(guitars) 在籍1981
<Bass>
ジミー・ベイン/Jimmy Bain(bass, guitars, keyboards, vocals) 在籍1978~1981
<Drums>
ケニー・ジョーンズ/Kenney Jones(drums) 在籍1978
ディキシー・リー/Dixie Lee(drums) 在籍1978~1979
クライヴ・エドワーズ/Clive Edwards(drums) 在籍1979~1981
フランク・ヌーン/Frank Noon(drums) 在籍1981
<vocals>
リューベン・アーチャー/Reuben Archer(vocals) 在籍1981
【バンドの歴史】
「ワイルド・ホーシズ」は、1977年2月に「レインボー」を解雇されたジミー・ベイン(bass)と、1978年に「シン・リジィ」を脱退したブライアン・ロバートソン(guitar)が中心になって、1978年に結成されたバンドである。
ベインとロバートソンのふたりに、ウイングスを経てスモール・フェイセスに在籍していたジミー・マカロック(guitar)と、元フェイセス~スモール・フェイセスのケニー・ジョーンズ(drums)が加わったこのバンドは、「スーパー・グループ」として一部では注目されたものの、数ヵ月後には早々とマカロックが、さらにはジョーンズも脱退してしまう。
マカロックとジョーンズの後任としては、元ギルバート・オサリヴァン・バンドのニール・カーター(guitar, keyboard)と、元ローン・スターのディキシー・リー(drums)が加わった。
ラインナップが固まったワイルド・ホーシズは地道なライヴ活動を行っていたが、1979年にレディング・フェスティヴァルに出演する機会を得、その後EMIと契約を結ぶことに成功した。
そしてデビュー・シングル「Criminal Tendencies」を発表するが、今度はリーが脱退し、後釜として元パット・トラヴァース・バンドやウルリッヒ・ロート&エレクトリック・サンのメンバーだったクライヴ・エドワーズが迎えられた。
1980年、トレヴァー・ラビンのプロデュースにより、ファースト・アルバム「ワイルド・ホーシズ」を発表。このアルバムは全英チャートで38位まで上昇したが、シングルはチャート・インを果たせず、思ったほどの結果は残せなかった。
ワイルド・ホーシズは、おりしも1970年代終盤に起きたNWOBHMブームによる追い風を受けたとも言え、とくに日本では「アイアン・メイデン」「デフ・レパード」「ガール」とともに「ヘヴィ・メタル四天王」として紹介された。しかしその音楽性は、ブライアン・ロバートソンのブルージーなギターを活かしたややポップなハード・ロックで、いわゆるヘヴィ・メタルとは方向が異なるものだった。
その後、バンドはテッド・ニュージェントとイギリス・ツアーを行ったが、ツアー終了後の1980年8月にニール・カーターが脱退し、「UFO」に参加する。
カーターの後任として参加したのは元レッド・アラートのジョン・ロックトン(guitar)である。この編成での初めてのライヴは、1980年秋の日本ツアーである。
1981年春にはセカンド・アルバム「スタンド・ユア・グラウンド」をリリースしたが、セールスは全く振るわず、これに失望したロバートソンとエドワーズは1981年6月のロンドン公演を最後に脱退する。ロバートソンはその後モーターヘッドに、エドワーズは「バーニー・マースデンズ S.O.S.」に加入している。
バンドの一方の柱であるロバートソンを失ったベインは、残ったロックトンのほかに、元ロートレックのローレンス・アーチャー(guitar)と彼の継父であるルーベン・アーチャー(vocal)、そしてロックトンのレッド・アラート時代のバンドメイトで、初期のデフ・レパードにも在籍したことのあるフランク・ヌーン(drums)を迎えて新たなラインナップを整えた。
このメンバーで数度のライヴを行いはしたが、数か月後にはアーチャー親子とヌーンは自分たちのバンド「スタンピード」を結成するため脱退し、ワイルド・ホーセズはついにバンドとしての終焉を迎えた。
解散後、ベインはレインボーでバンドメイトだったロニー・ジェイムズ・ディオのバンド「ディオ」に加入する。ロックトンはドイツのハードロックバンド「ヴィクトリー」に加入し、1986年まで在籍した。
2014年になって、1980年10月29日の東京中野サンプラザでのライヴを録音したアルバム「Live In Japan 1980」がKrescendoから海賊版品質で発売されている。
【ディスコグラフィ】(☆=ライヴ・アルバム ★=コンピレーション・アルバム)
<アルバム>
1980年 ザ・ファースト・アルバム/Wild Horses(UK38位)
1981年 スタンド・ユア・グラウンド/Stand Your Ground
☆2014年 Live In Japan 1980
<シングル>
1979年 Criminal Tendencies
1980年 Face Down
1980年 フライ・アウェイ/Flyaway
1981年 I'll Give You Love
1981年 I'll Give You Love / The Kid(Double single pack)
1981年 Everlasting Love
【メンバー変遷】
#1 1978
ブライアン・ロバートソン(guitars,keyboards, vocals)
ジミー・マカロック(guitars)
ジミー・ベイン(bass, keyboards, vocals)
ケニー・ジョーンズ(drums)
#2 1978~1979
ブライアン・ロバートソン(guitars,keyboards, vocals)
ニール・カーター(guitars)
ジミー・ベイン(bass, keyboards, vocals)
ディキシー・リー(drums)
#3 1979~1980
ブライアン・ロバートソン(guitars,keyboards, bass, vocals)
ニール・カーター(guitars, keyboards, vocal)
ジミー・ベイン(bass, keyboards, guitar, vocals)
クライヴ・エドワーズ(drums)
#4 1980~1981
ブライアン・ロバートソン(guitars,keyboards, bass, vocals)
ジョン・ロックトン(guitars)
ジミー・ベイン(bass, keyboards, guitar, vocals)
クライヴ・エドワーズ(drums)
#5 1981
ルーベン・アーチャー(vocal)
ジョン・ロックトン(guitar)
ローレンス・アーチャー(guitar)
ジミー・ベイン(bass)
フランク・ヌーン(drums)