続き・・・
11月1日 水曜日 晴
VOXで、和歌山県k19・紀美野町~龍神スカイライン~奈良県野迫川村k733~R168十津川村を走りました。
走行:227㎞。
グーグル参照 k19~k733。約80㎞。
道の駅ごまさんスカイタワー2km。
道の駅まで行かずk733へ左折。
R168方向から20年位前にヤマハロードスター(1600㏄)で1度走ったきりです。地肌が見えて岩がゴロゴロでした。
ススキ回廊!!!1週間遅かった~!
道の駅ごまさんスカイタワーが見えます。
ススキの龍の背骨(白っぽい部分)
見返し。170度カメラでも全景が入りません。大パノラマ。
伯母子岳(おばこだけ)日本200名山
道幅が広く歩きやすい登山口。しかし、今の私にはきつ過ぎて無理です。ヘモグロビンが足りないよ!
崩落。落ちれば死にます!!!
道は、くねくね曲がりながら下っています。
落ちたら死ぬ!!!
写真を撮るので止まってばかり。
山が深いです。
十津川村の表示。
真新しいきらきら光る吊り橋。対岸は農家しか有りません。道が見えません。
ここから先程の吊り橋に行けます。行ったことにして進みます。
熊野古道小辺路 伯母子岳の登山口にもなっています。
ここははっきり覚えています。案内板がありました。
20年位前の案内板が健在!字がかすれています。
平維盛(たいらのこれもり)の墓
平安時代末期の武将平清盛の孫・源平合戦の 最中、屋島から逃れ高野山に入り出家 まもなく那智のの海で入水したといわれている(享年三十七歳)
しかし、十津川村に残る伝承によれば「維盛は 五百瀬に亡命し、その血統は代々小松性を名乗り平家重代の宝刃小鳥丸を伝え、屋敷は政所屋敷といった」とある。
ここにある詞が、平維盛の墓と伝えられている。
腰拔田(こしぬけた)
南朝の頃、五百瀬を通ろうとした大塔宮護良親王は、五百瀬の庄荘司に行く手をさえぎられ止むなく錦の御旗を渡し通行を許された。
遅れてきた宮の家来村上義?は大いに怒り荘司の家来を水田に投げ飛ばし、御旗を奪い返す。
その時家来が腰を抜かしたので、その田を腰抜田というようになったが、明治の大水害で埋没し 今は川底にねむっている。
(五〇米下手に石碑があります。)
道なりに行くと?通行止め!
引き返えすと迂回路の表示。河川敷を走ります。
目に土ぼこりが入ります。
ものすごい崩落。県道733が全くありません。白いガードレールが見えます。
ユンボが崩れ落ちる危険なところを崩しています。ワイヤーで落ちないように繋いでいます。
道らしい道に出て来ました。
案内板。
新津川大橋
吊り橋が見えます。
通行止め。
R168に出ました。前照灯の上向きはつきます。
11月2日、ショップにに修理に行きましたが、売って間がないので料金はいらないと・・・でも気持ち払いました。
快晴
新宮行のバス。
スマートな斜張橋。快晴でもちょっと寒い。
トラスト橋。トンネルの照明等の工事。目が少しかすみます。お日さんが目に入るからかな~?
五條坂本のL字クランクのトンネル工事。
歩道工事令和6年1月31日までとなっていますが?トンネルと橋は何時?
k732に行くと野迫川村に行きます。
小回りの利くVOXですので五新線夕川橋梁を見に坂を上りました。トンネルは封鎖されていました。
15:40 恋野農免道路から五條市街地 お日さんが相当傾いています。
西日でものすごく見にくい~
ほこりが目に入り充血。照明が散光して白内障の症状!目薬を差して早々に就寝。
翌朝、症状なし。良かった!
楽しいツーリングでした。もう11月です。
終わり