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柳田邦男・著「人生の1冊の絵本」

2023年09月29日 | 読書ノート

柳田邦男・著「人生の1冊の絵本」


紹介:柳田邦男・著「人生の1冊の絵本」について

(2020年2月27日第1刷・岩波新書から発行)

<著者について>(本書より)

柳田邦男(やなぎだ・くにお)

1936年栃木県生まれ.ノンフィクション作家.現代における「生と死」「いのちと言葉」「こころの再生」をテーマに,災害,病気,戦争などについての執筆を続けている.最近は,絵本の深い可能性に注目して,「絵本は人生に3度」「大人の気づき,子どものこころの発達」をキャッチ・フレーズにして,全国各地で絵本の普及活動に力を注いでいる.

近著に『人の心に贈り物を残していく――がん患者の幸福論』(共著,悟空出版),『終わらない原発事故と「日本病」』(新潮社),『言葉が立ち上がる時』(平凡社),『絵本の力』(共著),『砂漠でみつけた一冊の絵本』,『生きる力,絵本の力』(以上,岩波書店),などがある.翻訳絵本の『ヤクーバとライオンI 勇気』『同II 信頼』(以上,講談社)と『だいじょうぶだよ,ゾウさん』(文溪堂)は,子どもたちに影響を与えている.

<本書について>(本書・カバーより)

絵本と出会い、何かが変わっていくかもしれない……。こころが何かを求めているとき、悲しみのなかにいるとき、絵本を開いてみたい。幼き日の感性の甦りが、こころのもち方の転換が、いのちの物語が、人を見つめる木々の記憶が、そして祈りの静寂が、そこにはある。一五〇冊ほどの絵本を解説しながら、その魅力を綴る。


◯絵本は小説とは違う独特の深い味わいを大人に与える

 日々暮らしていると、割り込みやズルをするおとな、自分の都合を優先し他人に迷惑をかけても構わないでいるおとなを見かける時があります。また、そうした行いが私たちが生きる社会や政治などの場面でも当たり前のように罷り通っていくとき殺伐とした気持ちになります。

 この本を紹介したいと思ったのは、こうしたなんとなく腑に落ちない日々にいて、本書がその邪念を取り払いしばしば気持ちを癒してくれるからなのです。読んだことのない絵本の解説に癒されるのもおかしなものですが、著者の幅広い知識と絵本とその作家への敬意がそうさせてくれるのだと思います。

 著者は本書の「あとがき」で次のように書いています。「(引用)絵本は文章の理解力がまだ発達していない幼い子どものために絵で言葉を補っている本だと思い込んでいる人が多い。だが、違う。絵本は、子どもが読んで理解できるだけでなく、大人が自らの人生経験やこころにかかえている問題を重ねてじっくりと読むと、小説などとは違う独特の深い味わいがあることがわかってくる。

 本書では著者・柳田邦男氏が一五〇冊ほどの絵本作品を紹介しています。作品はこの今を見つめることのできる窓のようです。作品の解説では著者が現代の課題をわかりやすく採り上げたのち、作品について知見に基づいた目線で説明してくれます。難しいことをわかりやすい説明ですごいなあと思う話をしてから絵本に関連づけてくれます。


◯身近な話を通して課題を理解する

 本書の冒頭で著者は次のようにお話を挟み込んできます。「引用)夜、静かなまちのなかをクルマを走らせていると、ふと思うことがある。家々は静まり返っている。どの家も屋根の下では、家族が何の問題もなく平穏に暮らしているように感じられるけれど、必ずしもそうではないだろうな。むしろ屋根の下では、誰かががんを患っていたり、認知症の親のケアに追われていたり、障害児の養育が大変だったりなど、何らかの問題をかかえている家が少なくないだろう。そんな思いが、頭の片隅を過(よぎ)るのだ。」と著者は読者に語りかけます。課題は意外に身近にあるのです。

 例えば、「ゆびがなくても、おかあさんになれるんだ」のように子どものこころを代弁し、またおとなと子ども両方へ理解を求める作品(『さっちゃんのまほうのて』たばたせいいち、先天性四肢障害児父母の会、のべあきこ、しざわさよこ・共同制作、僭成社、1985年)を選んで解説しています。著者が説明した一部分を掲載します。『(引用)その絵本の物語は、こうだ。幼稚園に通うさっちゃんは、みんなとままごと遊びをするのが大好き。ある日、おかあさん役をしたくなったのだが、強い女の子がそうさせてくれない。<てのないおかあさんなんて へんだもん>と。

 さっちゃんは幼稚園を飛び出し、家に帰るなり、おかあさんに訴える。「さちこのてには、どうしてゆびがないの?」と。おかあさんはやさしく説明してあげるが、さっちゃんは涙を流して、<いやだ、いやだ>と言う。幼稚園に行かなくなり、家でもあまり口をきかなくなる。

 そのうちに、おかあさんが入院し、赤ちゃんを出産する。さっちゃんはおとうさんに連れられて病院に行き、赤ちゃんのほっぺをさわる。赤ちゃんはかわいい両手をふってうれしそうにする。<さちこも とうとう おねえさんね>と、おかあさんが言う。帰り道、おとうさんに手をつながれて歩きながら、さっちゃんはぽつんと言う。

<さっちゃん、ゆびが なくてもおかあさんに なれるかな>おとうさんは、しっかりとした声で答えた。

<なれるとも、さちこは すてきなおかあさんに なれるぞ。だれにもまけないおかあさんに なれるぞ>

<それにね さちこ、こうして さちこと てを つないであるいていると、とっても ふしぎな ちからが さちこのてから やってきて、おとうさんのからだ いっぱいに なるんだ。さちこのては まるで まほうのてだね>

 先天性四肢障害の女の子のお話を通じて、子どもだけでなくおとなも前向きになることができます。作品の持つ力と著者の解説によって“夢見る絵本の世界”ではなく“希望の持てる絵本の世界”に変わります。現実の世界も捨てたものではなく、あらためて前を向いていこうという気持ちになれる絵本だと思いませんか。


◯目次から課題や内容を理解してください

 目次には、絵本のタイトルが挙げられているわけではありません。目次のタイトルに合わせて二、三冊の絵本が紹介されています。例えば、木は見ている、人の生涯をでは『最初の質問』(長田弘・詩、いせひでこ・絵、講談社、2013年)と『ならの木のみた夢』(やえがしなおこ・文、平澤朋子・絵、アリス館、2013年)の二冊を用いて自分の人生の物語について考えるきっかけを与えてくれています。他の目次タイトルについても、実は大人の自分に対する問いかけがずっと行われているので、正直な気持ちで読み進める以外にはないのです。この本には自分を欺くことができない仲の良い親友のような役割があリます。

1 こころの転機

ゆびがなくても、おかあさんになれるんだ  2

少女のこころの危機と絵の力  9

疎外された少女に雪解けが  15

もうひとつのこころの動きが  21

自己否定が自己肯定に変わる瞬間  27

障害のある子どもの限りない創造力  33

何をすることが、いちばんだいじか  39

なにはともあれ外に出てみよう  45

2  こころのかたち

人はなぜ学び、なぜ働き、なぜ祈るのか  52

人は何を求めて旅に出るのか  58

感性が刺潡される逆転劇  64

光より速い人間の想像力  70

ずっこけ、でも明日があるさ  76

ファンタジーはグリーフワークの神髄  83

ファンタジーの世界で遊ぼうよ  89

いまひとたびの、あの元気と明るさを  95

五〇歳からの六歳児感性の再生法  101

3  子どもの感性

夢のなかで遊ぶ子どもの世界  108

子ども時代を生きるとは  114

おさな子が「おにいちゃん」になるとき  121

子どもが人生への一歩を刻むとき  127

どろんこのなかの生きる楽しさ  133

4 無垢な時間

生きものの眼差し、人間の眼差し  140

どうぶつが生きる、ひとが生きる  146

いのちを育む鳥の巣讃歌  152

雪の森はこころを静寂の世界に  158

無垢な時間を与えてくれる動物たち  164

冬でも生きている小さないのち  170

5 笑いも悲しみもあって

なんとなく笑えるって、いい時間だ  178

不条理な悲しみの深い意味  184

やっぱりじんとくる純愛物語  190

童話という語り口の深い味わい  196

少年が本に魅せられるとき  202

生きるに値すると思えるとき  209

6 木は見ている

木は見ている、人の生涯を  216

木に育まれる人間のこころ  223

花のいのち、人のいのち、しみじみと  229

森を守った物語  235

落ち葉たちの円舞曲  241

葉っぱの旅、なんと深い感動が……  247

7 星よ月よ

星は見えない夜もそこにあって  254

まるい月に目を輝かせる赤ちゃん  260

強烈な色がひらく異界  266

静寂のなかの音、のどを潤す冷水  272

目に見えないものこそ  278

夢幻の世界にこころ漂わせて  284

人生の最後の「贈り物」とは  291

8 祈りの灯

祈りの灯、消えないように、消えないように  298

亡き人の実存感がこころにストンと  304

空を翔ける空想家のメッセージ 310

言葉のない絵本のインパクト  316

空襲、こころに刻まれるあのこの死  322

戦争や災害をどう伝えるか  328

 すでに読んだ絵本もあるでしょうけど、もう一度おとなの立場で読み直してみて下さい。きっと作者の思いをもっと深く理解するでしょう。


(おわり)



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