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指揮者(故)岩城宏之さんが語ったこと

2023年07月29日 | 記録・観察ノート

<指揮者(故)岩城宏之さんが語ったこと>

 (公財)全国公立文化施設協会は、かつて『芸術情報アートエクスプレス』という冊子を発行していました。その「vol.22」(2005年発行)には『いま改めて問われる公共ホールの使命』指揮者岩城宏之氏に聞く──という特集記事が掲載されています。ここではその時の岩城宏之氏の言葉の抜粋を背景情報も含めて書くことにします。

 この記事には公共ホールの役割と、岩城宏之氏の現代音楽に対する思いが明確に語られています。岩城宏之氏はこの翌年他界しており、氏の活動を振り返っても大変貴重な意見で、先人の思いを風化させてはならないと感じています。本来なら全文を読んでいただくことが一番いいのですが、残念ながらすでに冊子のアーカイブは見つからずPDFファイルなどで直接閲覧できない状態です。それゆえ誤解のないよう注意しつつ一部について引用するという形をとらせていただきます。


 なお、この記事が掲載されたのは、おりから指定管理者制度が公立文化施設や博物館に導入され始めた2005年のことです。(※ 指定管理者制度とは、それまで行政が担っていた公立施設の管理運営を民間企業やNPO法人にも開放し、効果的で効率的な成果を得ることを目的にした制度で平成15年に地方自治法を改正し施行された。)この制度の導入は当時の文化ホールや博物館・美術館の関係者にとって青天の霹靂であり、文化芸術振興を目的とする公立文化施設の役割にこの制度はそぐわないのではないかという議論が巻き起こっていました。


 冒頭で指定管理者制度が民間企業に管理運営の門戸を開放する時代になったことを踏まえ次のような説明が付され、岩城宏之氏の話を導入していきます。

 

(前文の引用)―「現代音楽好き」と形容される活動の原点には、「革新性こそ芸術の命」とする使命感と信念、「動かない岩」があるようにお見受けしました。指定管理者制度で大きく変わろうとしている日本の文化環境。「公としての使命と役割」という視点にも確かなご意見をいただきました。―


 「革新性こそ芸術の命」とする岩城氏が公共ホールの役割を規定する前提となる考え方が次の言葉から伺えます。この後力説されますが、新作を聴衆に披露する場が必要なのです。

(岩城宏之氏・引用)

 僕は、世界で最も現代音楽を指揮していると思うんです。日本初演でも世界初演でもいいのですが、当然僕にとっても初めての経験であり、書かれたばかりの曲を指揮して、まだ何も知らない聴衆に聴いてもらうことが好きだということです。仮にどんなに聴衆が嫌な顔していても、です。時代の成り行きですが、NHK交響楽団の研究員として、当時の新作を片っ端から指揮しました。


 革新性があるということは、馴染みがないことでもあります。岩城氏はあえて「前衛音楽」を取り上げ多くの人たちに新しい音楽に触れる機会を用意していくことが未来にとって必要であると説きます。ただし馴染みがないものを演奏する場には、お客さんに来てもらいにくいというリスクがあるのも事実です。ホールや劇場にしてみれば聴衆が来ない公演では、厳しい経営を強いられることになります。

(岩城宏之氏・引用)

 日本の作曲家が書いたばかりの曲を、生きている僕が指揮して、生きているお客さんに聴いてもらう。きょとんとしていてもいいから新しい曲をたくさん聴いてもらい、インフォメーションを与える。彼らが未来にその曲を残すか残さないかを選ぶ。

(略)

 ベートーヴェンは、当時とても過激な前衛音楽として嫌われていた。全ての音楽が、作られたときは現代音楽で、かならず抵抗があったんです。ベートーヴェンも、オーストリアで相当に偉大になっても、フランスでは全然だめで、ある指揮者が自分でオーケストラを組織し、ベートーヴェンだけを10 年間定期演奏会した。それでやっとみんなが聴くようになりました。あのベートーヴェンでさえ、そういう指揮者が必要だったんです。


 これまでの時代背景には、「箱(文化ホール)」だけ作ってそこで実演する公演芸術を育ててこなっかったという地方自治体の文化芸術振興施策の無さに対する批判がありました。岩城氏が関係する「オーケストラ・アンサンブル金沢」は石川県立音楽堂を本拠地にしています。ここではソフトづくりが先行し相当なレベルになってから、それに見合う良いホールができた、という認識です。

 民間資金でこのようなオーケストラやホールを作れるでしょうか。という問いかけに対する答えが次に続きます。

(岩城宏之氏・引用)

 無理だと思います。石川県に感謝しているのは、日本というのは誰かが強力に何かをすると必ず誰かが足を引っ張りますが、金沢では今までに一度もそういうことはなかったことです。それに近い噂が出たこともありましたが、知事と市長がちゃんとつぶしてくれていました。県議会でも、なぜアンサンブル金沢になんか……という意見もあるんです。でも、不愉快なことは岩城に聞かせるなという部分を守ってくれていました。金沢は、「文化こそ生きる道だ」という、加賀百万石の伝統が生きているところなんです。


 また指定管理者制度を例として、近年の成果・効率主義が、本来、公が担うべき文化事業も民間に任せて縮小させてしまう傾向になっているという問いに対しても答えています。

(岩城宏之氏・引用)

 音楽なんかなくたって飯は食えるんです。無駄なモノなんです。でも無駄なモノを大切にするということが人類の人類たるゆえんです。その人類のゆえんを作るために、行政が義務として、まず第一に「文化」をやらなければいけません。


 最後に「お金にはならない現代音楽や芸術音楽をまもっていけるか」という問いに対し、わかりやすくかつこれからの公共ホールのあり方について示唆する言葉で答えてくれています。これが最も重要なポイントです。

(岩城宏之氏・引用)

 面白くて分かりやすいものが良いものとは限りません。ちゃんとした良い小説は相当我慢して読まないと読めません。

 音楽は、絵や彫刻などの先端の芸術から60.70 年の時間差があります。目は、初めて見るものでもその良さがわかりますが、耳は、耳になじんだものが好きなんですね。それでも、かつては大スキャンダルだったストラヴィンスキーの「春の祭典」が今ではもう古典です。慣れることが大切です。子どもの頃から耳慣れた音楽と難解な現代音楽も両方聴かせるべきなんです。そのためには積極的に、強引に現代音楽も演奏していかないといけません。今は、公共ホールこそ現代音楽のような芸術をサポートできる唯一の「場」なんです。その場限りの考えで文化を切り捨てることは、将来に大きな禍根を残す事になります。


●岩城宏之氏について:1932年東京生まれ。NHK交響楽団終身正指揮者でした。オーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督、石川県立音楽堂芸術総監督も務めました。

●参考文献及び画像:(公財)全国公立文化施設協会『芸術情報アートエクスプレス』「vol.22」



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