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7-7-4 「私は取り消さない」

2023-10-06 00:22:34 | 世界史
『文芸復興の時代 世界の歴史7』社会思想社、1974年
7 マルティン・ルターの場合
4 「私は取り消さない」

 カール五世がドイツに赴任するまで、ローマ教皇庁はルター処断の問題をちゅうぶらりんにしていた。
 「破門にするぞ」という手紙を出したかと思うと、手をまわして説教僧テッツェルを引退させたり、ルター批判を手びかえさせたりなどして、ルターおよびドイツをなだめようとしていたのである。
 一五二〇年十二月十日、ルターはローマ教会の法規集と、スコラ哲学の書物と、教皇からの「破門するぞ、おまえの説を取り消せ」という手紙を焼いた。
 いわゆる「破門状焼却事件」である。学生たちは喜んで大さわぎした。
 新皇帝カール五世の赴任への期待は大きかった。ルターそのひとは、もっとも大きな希望を新皇帝にたくしていたらしい。
 皇帝を頂点としてドイツ貴族が団結し、ローマから離れてドイツの教会を……というのが『貴族に与うる書』の主張だった。
 一五二一年四月十七日と十八日、「ボルムスの国会」におけるルターの喚問は、ほとんど伝説的な宗教改革最高の劇的盛り上がりをもって、記述される習慣がある。
 この二日間「取り消せ」といわれ、「明日まで待ってくれ」といい、
 「聖書もしくは道理によって反論されないかぎり、私は取り消さない。神よ助けたまえ、アーメン」
 と答えたルターの巨人的な態度、皇帝や諸侯の驚き、民衆の欸喜はたしかにすばらしい場面である。
 ボルムス国会は、ルターという稀有な人物をめぐる政治的取り引きの場であった。
 ルターがいるかぎり、ドイツも、カール五世の本国であるスペインも、ローマ教皇に対して強い態度がとれる。
 教皇使節は多くの譲歩をし、国会はルターの公民権をうばうことを議決した。
 しかしルターは姿を消していた。
 彼はおそらくザクセン公の配慮で、バルトブルクの古城にかくまわれていたのである。
 ルター主義によれば人はただ信仰によってのみ「義」とされ、カトリックのように善行や教会を仲介としない。
 したがって宗教生活と俗生活の差は失われ、世俗の職業も、結婚も信仰と両立する。このルターの説にしたがって、結婚する僧侶があらわれた。
 ドイツのローマ・カトリック教会組織は崩壊しはじめた。
 ルターのパンフレットは破壊の教科書であった。
 親が子供を学校にやらなくなったり、教会の儀式が侮辱されたり、聖母マリアの像が破られたりした。
 カトリックの僧侶たちは自信を失いはじめた。ルターを支持していた僧侶たちは、それぞれルター説のかってな解釈をし、ルター説の慎重な政治的配慮を無視して激しい説教を開始した。
 ルターのボルムス国会における断固たる態度は、改革運動の明瞭な合図になり、古城にかくれたルターをもはや必要としなかった。


ルターがかくまわれたバルトブルク城

 それは新しいタイプの僧侶が、無数に出現したことを意味する。
 『再洗礼派』はルター説を合理的に発展させ、赤ん坊に洗礼をほどこすのは無意味で、大人(おとな)にこそ洗礼を……と主張した。
 この程度の合理主義でも、十分に新しい「思想」であった。
 改革すべき不合理を列挙し、聖書にもとづいて反論せよときめつけるルター式論法は、ドイツの社会秩序そのものにとって、危険な思想を育てはじめたのである。
 ルターは十ヵ月して、バルトブルクの古城から出た。ルターの逮捕はもはやぜんぜん問題にならない。
 ルターはドイツにとって必要な人物である。
 ルターは諸侯の信頼を受け、秩序の回復を指導する役割を背負った。
 諸侯はルター主義を採用し、自分の領内の人民にそれを強制し、領内のローマ・カトリッタ教会をつぶし、その領地を没収した。
 ルターは新しく儀式や讃美歌をきめ、簡素なドイツ教会をつくりはじめた。
 ビッテンベルク大学のルターの教え子は、牧師兼教師としてドイツの各地に派遣された。
 それまで教会財産である農奴つきの荘園が、僧侶の生活を支えていたのに対し、牧師は信者の寄付や教師としての俸給で暮らす。
 ルターの改革の仕事はそれなりに順調であった。
 ボルムス国会から一五二五年までドイツは、宗教改革にともなう政治的、社会的な激動を体験する。
 その最大なるものは「大農民戦争」である。
 ルターは諸侯と農民のあいだを有効に調停できず、はっきり諸侯の側に立った。
 ルターはもともと秩序を愛し、バルトブルク城を出てからは、みずからの生きかたを静かなドイツ教会建設の方向に局限した。
 そういうルターと、新しい危険な僧侶たちに従う無数の農民のおいだには、おそろしく深い溝があった。



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