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8-10-2 辮髪の恐怖

2024-01-30 13:02:42 | 世界史


『アジア専制帝国 世界の歴史8』社会思想社、1974年
10 大清帝国の完成
2 辮髪の恐怖

 「頭をとどめようとすれば、髪をとどめず、髪をとどめようとすれば、頭をとどめず。」
 北京を占領した李自成をたおすべく、呉三桂の先導で、山海関からの道をまっしぐらに前進した立役者は、太祖ヌルハチの第十四子ドルゴンであった。
 兄の太宗が在世中の武功は数しれず、大清国が成立したときには和碩睿(えい)親王の王爵をうけ、太宗の後継者と目される第一の実力者であった。
 一六四三年に太宗が世を去るや、内争をさけるため、帝位につく意志のないことを表明し、十宗の第九子で、当時なお五歳の順治帝を三代皇帝に擁立した。
 かくてジルガラングとともに摂政の任にあたる。もとより摂政とは名のみのこと、実権は、かれの手中にあった。
 李自成が北京を攻略したとの報に、一六四四年四月、ドルゴンは、大清国の軍事力の大半をひきいて南下した。
 それは、これまで避けつづけてきた山海関への道であった。
 このとき、清軍を防衛する前線にあった呉三佳が、清軍に援助をもとめてきたのである。
 ドルゴンは機をのがさなかった。厳然たる態度をもって清国の藩王とすることを約し、三桂を先導に北京への入城を実現した。
 かくて太宗の遺業を達成したドルゴンは、順治帝を北京にむかえた。
 ドルゴンの策は巧妙をきわめた。北京に入るや、非命に死んだ明朝の皇帝のために喪に服し、また明朝の歴代皇帝の陵墓をまもり、その文武官をはじめ、民衆の支持をえた。
 そして仇敵たる李自成を討滅するという名目で、軍を各地にすすめる。
 その意味では、李自成が抵抗することもなく北京をのがれて、西安(長安)へ、さらに各地へ転転としたことは、清朝にとって、さいわいしたといえよう。
 しかし武力で征討をすすめる清軍に、さしたる抵抗をしめさなかった漢民族が、清の予期せぬ反抗をしめす事態がおこった。ほかならぬ辮髪令への抵抗である。
 文頭にかかげた言葉は辮髪を強制するため、各地に立てられた制札の文句であったという。
 辮髪は薙髪(ていはつ)ともいわれて、北方民族に独特の髪型である。
 後頭部の髪のみを残して、そのほかの頭髪を剃りあげ、残された頭髪を編(あ)んで、うしろに長くたらす。
 その髪型は、漢民族が、胡風として蔑視するものであった。
 ドルゴンは北京に入城するや、ただちに辮髪令を布告した。すでに瀋陽時代、太宗が強制していた方策をうけついだのである。
 「すべて、心から帰服した官・吏・軍・民は薙髪(ていはつ)させ、衣冠はことごとくわが制度にしたがわせることとする。」
 このように布告したところ、意外な抵抗がある。そこで、しばらく時機をまった。

 「さきに薙髪の令を強制せず、しばらく自由意志にまかせたが、それは天下の定まるのをまってあらためてこれを徹底させるためであった。
 いま中外は一家のごとくに定まった。わが皇帝は父のごとく、すべての民は子のごとくである。
 父子が一体となって、どうして差異のあることが許されようか。
 もし同じようにしようとしない者があれば、その者はわれらに対して二心のあることをしめすものであり、もはや他国の人である。
 そのようなことは、いまさらいうまでもなく天下の人民が、自分でよく知っていることであろう。」
 「いま、布告してからのち、首都の付近の者は、旬日(十日)以内に、直隷ならびに各省では、布告文の到着した日から、おなじく旬日以内にすべて薙髪させよ。布告の令にしたがうものは、わが大清国の民として保護するが、ためらいおくれるような者は、令にさからう者として、かならず重罪に処する。」
 「地方の文武官は、これを厳重に実施させよ。もし、これをおこなわず、かえって地方の人民をひきいて、明の制度をまもり、わが清の制度を否定しようとする者があれば、その者を死刑とし、決して赦(ゆる)してはならない。」

 順治二年(一六四五)、辮髪令は、このようにきびしいものとして、あらためて布告された。頭髪を剃るか剃らぬかが、いのちにかかわる重大問題とは、おどろくべき暴政である。
 一度はとりさげた布告を、翌年には、さらにきびしい命令として布告する。
 その矛盾は、大清か大明にかわる中国王朝となることを、つよい態度でしめすことから発したものかもしれない。
 しかし、それは中国本土の人びとの風習を、根底からくつがえすものである。
 ことに、それが生きるか死ぬかの問題とあっては、おどろき、かつ怒るのも当然であろう。
 しかも清朝は、辮髪の恐怖をふたたびやめることはなかった。




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