わが主は「何にてもあれ、わが名によりて聖父に願うところのものは与えらるべし」と申されました。しかし、私共は、神様に御独子を願うことまでは思いつかなかったでしょう。ところが、神様は人間が夢想だにできないことをされたのです。人間が言うことも考えることもできないこと、決して敢えて望むこともできなかったことを、神様は愛のあまりに、言われ、考えられ、実行されたのです私共のために聖子に死んでいただだきい、聖子の御肉を食物として、御血を飲み物として与えてくださいと、神様にどうして敢えて申すことができたでしょうかもし、できていたとすれば、人間が神様のなし得ないことを創造することができたことになっていたでしょう。愛による発見にあたって、神様より数等優ることになっていたのではないでしょうか・・・そんなことは不可能です。
聖ジャン・マリ・ヴィアンネ
聖ジャン・マリ・ヴィアンネ