ゆたかに感じる、しかも、ゆたかに心に残る夢を見た。
[夢]
僕は薄暗いロビーにいた。ホテルのロビーだろう。セミナーか何かで、訪れたようだ。人のざわめきが、かすかに感じられる。

<Insurrection>
ふと気が付くと、僕のすぐそばに感じのいい女性が立っている。ヴェールに包まれたように、顔は見えない。かすかな透明な香りがある。
突然、耳元に小声で、話しかけられた。「今夜、ご一緒しません…」と囁かれた。
顔は、全く見えない。ドキッと心臓が震えた。
その夜、僕はそこに泊まる予定だったのだろう、僕の部屋は取ってあった。てっきり、僕の部屋で…と言われたと思った。
しかし、彼女はフロントに行き、「別の部屋を隣に…」と頼んでいる。なんだか、ちょっとはぐらかされた感じだ。隣同士に部屋が取れた。
その夜、二人はワインを飲んで、食事をして、話して、隣同士の部屋で、何事もなく、豊かな思いで、僕たちは別々に眠った。
翌朝、カフェテリアで、僕の方から近づいて声を掛けた。一緒に食事して、コーヒーを飲んで、ではまたと、彼女は去って行った。残ったのは、透明な香りだけ。
[夢の終わり]
夢から覚めて、僕は思った。この透明なにおいには記憶があるな…と。
そうだ、大岡山に住んでいた、スイスの会社に勤めていたOさんだとなぜか思った。
確か、上野の文化会館のクラシックのコンサートで初めて顔を合わせた。ロビーと思えたのは、もしかしたら、文化会館のロビーだったのかもしれない。しかし、Oさんの背丈は175センチの僕よりかなり低く、僕の耳元でささやくことはできなおはずだ。よほど高いヒールをはいていたのだろうか…。
大雪の夜、大岡山から自由が丘に歩いて帰ってきて、そこでアパートの鍵を無くしているのに気がついた。仕方なく、大岡山まで雪の道を歩いて戻った。
その夜、Oさんの部屋で眠った記憶がよみがえる。確かに、透明な香りがあった。同じ部屋で、Oさんはベッド、僕は絨毯の上に寝ていた。並んで眠るもどかしさが二人にはあった。彼女は僕よりも、ちょっと年上だった。

<雪階段>
あの雪の日以降、何度か大岡山で一、緒に朝を迎えた記憶がある。あれは、たしかにゆたかな時間だった。そして、もどかしい時間でもあった。
ある日、突然、来週パリに引っ越すとOさんに聞かされた。そこで、二人の世界は、消えていった。
どこかで、夢と、確かな記憶とが入り混じっていた。
そして、ゆたかな夢と、もどかしい感情。それが僕に残った。
クレジット情報
お借りした二枚の写真は、ライセンス:Creative Commons. 2.0
“Insurrection”by Jeronlmo Sanz
“雪階段”by Dan Zen