M.シュナウザー・チェルト君のパパ、「てつんどの独り言」 

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新しい試みとその顛末記

2018-03-11 | エッセイ



 ネットで、講座を聞いたり、解説を読んだりして勉強しているが、やはり物足りない。

 そこで、外の新しい知識を得ようと、この数年、横浜の各大学の公開講座、授業をチェックしていたのだが、これという講座には出会わなかった。見ていたのは、横浜市大、横国大、神大、関東学院だった。やっと、昨年(2017年)の秋、おもしろそうな公開講座を見つけた。それが、建築、環境学部教授、黒田先生の「イタリア都市紀行」だった。



 <学院パンフレット>

 10月初めから、7回にわたって、今年(2018年)の1月までのコースだった。ローマ時代からあるエミリア街道に沿って、主として、エミリヤ・ロマーニャ州の7つの都市を、起源から説き起こし、都市の歴史、街並み、建物、歴史を解説して、その町を深く知るための講座だった。

 学生証に代わる公開講座受講者証を作ってもらって、楽しみに出かけた。まあ50年以上昔の大学の雰囲気を味わいたかったし、教室のベンチに座ってみたいという素朴な欲望もあった。さらには、次のイタリアへの旅の計画の参考にもしたいと考えていた。



 <キャンパス風景>

 講義の内容としては、自分の好みが入り、すべての都市が面白いわけではなかった。僕にとっては、フェラーラ、モデナ、マントヴァ、そして最後のパルマが興味の街だった。

 講義はプロジェクターを使って、うす暗い中で、先生のレーザーポインターを追いながら、もらった資料に目を通し、メモを取っていくという形になった。しかも、僕たちの教室は立派で、スクリーンに向かって、階段状に椅子が横に並び、受講者の視線が交わることはない構造だった。みんなが一点を見つめて、講義を聞くことになった。これでは、受講者同志は、無関係の関係。



 <講義風景>

 お互いの笑みだったり、顔に浮かんだ疑問符だったり、ウンウンといった頷きだとか、えぇ~という驚きだとか、面白いなぁという感情だとか、お互いにこうしたしぐさを知ることは出来なかった。つまり、その世界を共有することが全くできなかったのだ。

 勿論、講義の内容は面白かった。イタリアは150年前まで、統一された国ではなく、各都市が自分を独立国家のようにふるまい、文化も、派閥も、各々みんな違ったようだ。ローマ教皇派(キリスト教)と、ドイツ皇帝派がこのエミリア・ロマーニャ地方で覇権争いをしていて、各都市が独自に自分の属する派を決め、それに従って都市設計も、建物の作り方も、違ってくるなんてことは全く知らなかった。

 リミニ、ラヴェンナ、フェラーラ、ボローニャと、1都、1講座で講義は進んだ。



 <フェラーラの古地図>



 <フェラーラの写真>

 4回ほど、講義を受けたときに、こんなことを感じた。

  ・先生からの一方通行で、質問の時間がほとんどない
  ・受講者同士の横のつながりが全くない
  ・現役の学生も含めて、自己紹介もない
  ・したい質問もたまって、欲求不満を感じる

 そこで事務局に、先生を囲んでの「質問しよう会(仮称)」でも開いたらいかがでしょうかと、申し入れた。僕には、もう一つの期待があった。それはできれば新しい友達を作りたいということだった。年を取ると、友達は減っていく。天国に召されたり、音信不通になったりと、減る一方だ。できれば、グループを作って、同じ興味を持った人と一緒に語り合えたらいいなあという、希望さえ膨らんでいた。



 <マントヴァの古地図>



 <マントヴァの写真>

 事務局は僕の提案を受けて、積極的に動いてくれた。先生からOKを得て、学生食堂に僕たちの席を確保してくれ、職員の同席も手配してくれた。何か僕がやらなくてはと思っていたのだが、結果としては事務局が主催者になってくれて、「先生を囲んでの食事会」というメモを作成し、6回目の講義の開始時に全受講者に配布して説明し、講義後、出欠を各自に自由に決めてもらい、それを集計するということをやってくれた。結果は、40名中、15名くらいの参加が確認できたようだ。提案者の僕は、一安心。

 先生を囲む会は、最終の7回目の講義、パルマの後の時間に予定された。もちろん、僕も参加すると、記入した。

 僕は準備として、6回の講義資料を読み直し、僕自身が聞きたいことをまとめてみた。質問をするための先生を囲む会なのに、質問が出なければ、まずいと、質問をまとめてメモに残した。たとえば、「エミリア・ロマーニャ州というのは、一言でいうと、イタリアではどういう位置づけの州なのか」とか、「ポルティコという建築様式は、なぜエミリア・ロマーニャで流行ったのか」とか、5個ぐらいのオープン・クエッションを作って、楽しみにしていた。



 <パルマの写真>

 最後の7回目は、友人だったオルネッラさんの出身地、パルマ。生ハム、パルミジャーノ・レッジャーノ(固いパルメザンチーズ)、バルサミコ酢などの産地で、7回の講義の中で、一番期待していた講義だった。

 しかし前日、僕は風邪をひいて熱を出し、咳も激しかったので、仕方なく事務局に電話して、言い出しっぺが申し訳ないが欠席しますと伝えた。残念無念。

 後で事務局に連絡したら、他にも風邪での欠席が出たようだけれど、12人くらいが、先生を囲む食事会を、満足し楽しんだと聞いた。よかった。

 しかし、僕は質問も、新しい友達もできなかった。僕は舌打ちをしながら、自分自身につぶやいた、「なんてこった」と。

 春に新しい講座が開かれたら、参加して、先生と出席者たちと、事務局に謝らなければと思っている。



 P.S.

 マントヴァの写真は、BMK さんのマントヴァをお借りしました。
 クレジットは、Creative Commons 2.0です。

 パルマの写真は、Carlo Ferrari さんの パルマ をお借りしました。
 クレジットは、Creative Commons 3.0 です。