仏教の教え、煩悩の根源だそうです!
1)貪欲 次々と欲を出し満足しないこと。非常に欲張りであること。
2)瞋恚(しんい) 他人が自分にした行為に 対して、腹を立てる、怒り、妬みなど。
3)愚痴 言ってもしかたがないことを言って嘆くこと。
瞋恚(しんい)は108の煩悩の一つ
要約すると、物事がうまくいかないときに怒り出してしまう 状態を言うのですが…
私は、特に瞋恚怒りの感情をコントロールすることが一番難しいような気がします。
今、時の人!勝間さんもおっしゃっています。
・妬まない・怒らない・愚痴らない
妬んでしまう時、
どうして?そんなこんな?気持ちになってしまうのだろうと…
どんどん掘り下げて考えていくと「あ~ぁ。。。」と腑に落ちるときがきます。
怒る時、
これは冷静になって一生懸命、自分の気持ちに言い聞かせる。。。
私は怒ってる、怒ってる怒ってる…と繰り返していると「あっ…怒るのは止めよう」と
必死で感情をコントロールするしかない。
愚痴らない、
これも口癖になっていると大変です。
一刻も早く愚痴る癖を止める。
愚痴を聞いてくれる人の気持ちを考えたら…
言えなくなりますよねぇ~(^_^メ)
人柄と言うか、その人となりの器と言いましょうか…
地位は人を変えると言いますが、
地位や富を得ると、勘違いしてしまう人が意外に多いのではないかと思います。
肩書とその人の器が比例しない人、冷静で知的人物を演じているのでしょうが…
自分のことって、一番わかってるけど一番わかってないものなのかも知れませんね。
何となく、直観的な勘みたいなもので黒いものを感じる人っていませんか?
嫌な人、こういう方とは関わらなければ良いのです(笑)
必要悪…
ない方が望ましいが、組織などの運営上また社会生活上、やむをえず必要とされる物事。
例えばやくざさんのような方とか…(;一_一)
医者に必要なものは患者さんだとか…(;一_一)
広い意味で捉えると、まっ白な中の黒!
それは黒がないと白が分からない…^_^;
また、正論とは
時として人を傷つける最悪の発言ではないかと思います。
正論を振りかざす人が正しい生き方をしている訳ではありません。
正論を言うことで、自分を正しい人と思って貰う為の手段…のような気がします。
自己中心にものを言うだけで終わりです(笑)
色々な人がいて、人それぞれの考えがあってすべて丸く収めようとしたら、
自分が自分で無くなることかも知れません。
自分でない自分を演じ切る。でもそれも自分なんですよね。(深)
妬み、怒り、愚痴を言わない、しない…
私に出来ないことばかり…(笑)