ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

祈りの部屋②――さくら満開

2019年04月04日 | 季節


   ベランダの先の、さくらが満開です。
   花冷えの中で、しずかに空を仰いでいます。
   夕方から先、かなり冷えるのに、おびえる様子もなく――
   「だって時期だから」と言っているようです。



          



       天の下では、何事にも定まった時期があり、
       すべての営みには時がある。

       生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
       植えるのに時があり、
       植えた物を引き抜くのに時がある。

       殺すのに時があり、いやすのに時がある。
       くずすのに時があり、建てるのに時がある。

       泣くのに時があり、ほほ笑むのに時がある。 
       嘆くのに時があり、踊るのに時がある。  
            (旧約聖書・伝道者の書3章1節~4節)


          

   神様。

   自分も、この花々のように、誇らしく、楽しそうに咲いていた時期があったことを
   感謝します。

   もう、歌声も枯れてしまいました。
   眼鏡なしでは、近づいてくる人の顔もわかりません。

   たくさんいただいても食べることができず、
   アイスクリームや、冷たいビールへのあこがれも、あせてしまいました。

   でも、神様。

   たしかに、喜んで歌った時もあったことを、ありがとうございます。
   検眼票の一番下まで見えたころ、
   冷たいビールを飲んで、みんなと乾杯した時、

   大きくてカラフルなアイスに舌鼓を打ったころを、
   今、笑顔で思い出せることを
   
   感謝申し上げます。
    






      





三月

2018年03月16日 | 季節


      三月は、ふしぎな月です。
      一か月前、雪で閉ざされていた町々に、まばゆい陽光が照り付けるのです。

      よそよそしい枯れ木に、花が咲き、なんと数日通らなかった道端の柳が
      みずみずしい新芽を吹いているのです。
      不愛想に見えた土に、タンポポが開き、シロツメクサの幼い葉が顔を出しています。


         ❀ ❀ ❀

      冬服が目障りになり、
      空の雲に、天使の羽衣を見て、それをまとう乙女を思うのです。
      若い女性たちは、一足先に春の装いになっています。
      自分も、
      季節を先取りして、薄物をまとって歩いていた三月があった。たしかに。


     「桜を見に行きましょう。いつがいい? どこにする?」と、お誘いがありました。
      ほんとに桜が咲くのでしょうか。
      どうして、いっせいに、あんなにたくさんの花が咲くのでしょう。

      もちろん、だれにもそんなことは言いません。

      降り注ぐ陽射しと豊かな雨に、
      ただ頭を下げて、打たれ続けるだけです。

           


      もう、桜のように、花をつけることは出来ない。
      タンポポのように不敵に笑うことは出来ない。
      そんな日々は、過ぎてしまった・・・。

      チェストから、白いスカートを出して、
      ちょっとあててみる。

      まだ、着ることができるかしら。
      もし、スニーカーがあったら、
      白いスニーカーを見つけたら、
      着ることができるかしら。

      桜と、タンポポと、柳の新芽の下を、、堂々と歩くことができるかしら。

      もし・・・。




      

      

雪の一日

2018年01月22日 | 季節





          雪の降る光景を眺めていると、

          若いころ好きだった詩を思い出した。



 
                

            太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ

            次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ


                        三好達治「測量船」より










 

大晦日

2017年12月31日 | 季節




       大晦日は、昔から格別に寒かった。
       寒い日に、どうして大掃除するのと思った。一か月早くしてもよいでしょうに。

       と思うようになったのは、大人になってからです。
       子供の時は、「さあ、大変。年が変わる前にやり終えなければ」となる戦闘態勢に
       クレームをつけることなど、思いも及ばなかった。
       いつもいつも大人たちは忙しかったので、一か月の前倒しは難しいと、子供心に思っていた。

       何年かは、ちゃんと家で餅つきをしていたので、餅つきと正月料理の後はかなり散らかって、
       いやでも大掃除になる。

       きっと、さとうは、縄文時代人だと思われるでしょうね。
       餅つき機なんかなくて、重く大きい石臼を洗うところから始めて、
       へっついでもち米をたいて、何回餅をついたことだったか。

       父、兄、母が、それでも楽しそうに掛け声をかけあっていた。
       つき終わった餅を板に載せて、アツアツをのしたり、丸モチにしたり、
       その合間に、炊いた小豆や黄粉で、小さなちぎり餅を食べた。

       納豆と大根おろしを絡めるのは、東京に来てから知ったのです。
       家のもちつきも、中学生のころには終わった。
       お米屋さんが注文を取って、餅屋の餅を配達してくれる。

       実のところ、餅はあまり好きではなかった。すぐに胃がもたれると思ったからです。

       そういいながら、餅を準備しなかった大晦日はない。
       おせちを食べることはなくても、お雑煮は食べる。

       今日、
       日曜礼拝に教会へ行った帰り、お餅を買った。
       一袋一キロ。
       いったい何度、お雑煮ができることかしらと思ってときめいた。

       大晦日でなくてもお餅を買うこともあるのに、
       大晦日のお餅は、格別にうれしい!!


       でも、明日は元旦礼拝があるので、お雑煮は、帰宅してからですね。
       今年もあと五時間を切りました。

       感謝感謝の年が往きます。
       来年もよい年でありますように!!

       




  

クリスマス劇

2017年12月25日 | 季節

  
                              ようこそ、町田クリスチャンセンターのクリスマスイブ礼拝へ!


                                 


      町田クリスチャンセンターのクリスマスの出し物として、いつも降誕劇がつくられます。

      マリヤの処女懐妊と幼子イエスの降誕、馬小屋での出産は外せませんが、毎年その内容を、
      少しずつ演出を変え、角度を変えて楽しめるものにしています。

      今年は、聖書の放蕩息子の話と絡めたドラマにしました。
      全く新しい試みで、脚本ができあがるまで、少し時間がかかりました。

      稽古が始まるのも遅れ、12月半ばになってもキャスト全員そろっての通し稽古が、できないありさまでした。

      みんな仕事のかたわらに出演してくださるのですから、無理もないのです。
      それでも、何とか間に合いました。

      写真をご覧ください。本番では撮れませんので、リハーサルの写真です。

                      ★ 




           さあ、いよいよ控室で、メイクの始まりです。
                 

         
           演出家は、緊張の面持ちです。


                               
                        プロのオーボエ奏者です。天使の声が出演の時に演奏します。
                        もちろん、オーボエ独奏の演目もあります。

   代役マリヤを使ってのリハーサル

 三人の博士がマリヤとヨセフを訪ねてきました。前段の三人。
           フィナーレは、全員で、 Worship Song 10000reasons を歌います。


        


             

                           

                    礼拝終了後は、地下へ。心づくしのカフェが開かれています。