ノアの小窓から

日々の思いを祈りとともに語りたい

小さな場面

2016年06月30日 | 思い出

     小さな記憶を、ふと思い出したのです。
     家族や友人や自分の履歴とも関係がなくて、
     自分の人生にどんな影響も与えなかった記憶――。

     銀座だった
     なぜ、銀座に行ったのかも覚えていない。
     東京に来たばかりの頃だったから20代です。

     昼間で、午後の早い時間だった
     地下鉄への階段を下りていた。
     なぜか人けがなかった。
     トントントンと下りて行って、踊り場で曲がってさらに下りる。

     なんでもない場所で、なんでもない気分であった。
     踊り場に、年配の男性がいるのに気がついた。
     別に驚きはしない。公道なのだから
     誰かとすれ違うこともある。

     ところが、その人は私の行く手に立ちはだかったのです。
     震える声で、言うのです。
     「お願いです。お願いがあります」
     きちんとスーツを着た初老の男性は――若かった私には、
     50がらみの「おじさん」に見えた。
     「一万円あげますから、ぼくの手を握っていてください」
     まるで、手錠でもかけてくれというように、二つのこぶしをそろえて突き出している。
     
     私は、一瞬棒立ちになっていた。意味が呑み込めなかった。
     心のどこかで、警報が鳴った。     
     次の瞬間、男性の横をすり抜けて地下へ降りていた。
     
     背後から追って来る気配はなかった。
     地下道には、多くの人が歩いていた。
     胸のドキドキがいつまでも収まらなかった。


     別になんでもないことだったのです。
     一分と損したわけではない。
     それなのに、
     暗い階段の踊り場の、小さな一瞬が焼き付いている。
     あの頃は、あんがい、
     こわがりだったかも。

     




     

サプライズ

2016年06月27日 | 日記


     怪談シリーズの途中に、誕生日が入ってきて、緊張感をそぐのをお許しください、。

     きのうは、教会の聖書学びのクラスで、突如、
     自分の前に大きなケーキが。

     やー。びっくりです。付属のろうそくが足りないので、
     一本の単位は十年!!!

     長生きですねえ。この間、生まれたばかりのような気がするのに・・・。
     写真を送ってくださったので、
     一枚だけ!!露出させてください、「怪談だあ」とびっくりされませんように。



                       








怪談3.足音

2016年06月25日 | 思い出


      私たちは、若くて生意気でノーテンキなカップルだった。
      太陽はまだ頭上にあったし、いつか、その陽が傾き始めるなんてことがあるなんて思いもしなかった。
      つれあいは好きなことを仕事にしていたし、私も、いつかはそうなるはずだった。

      木造二階建て4軒長屋は各2DK、古くて、風が吹き込み、なまじ小さな庭があるために
      蚊や虫や泥の対策が必要だった。、大雨のときは
      バケツをぶちまけたような水のまん幕がひさしから流れ落ち、
      地震のときは、家全体があえぐように音を立てる。
      二階を歩くと床がきしみ、階段もみしみしとしなった。
      一階と二階の間には明らかにネズミが住んでいた。
      
      ネズミは4軒分の天井裏を仕切りなしに占有して、走り回っているらしい。
      なにしろ、私たちは、若くて生意気でノーテンキだった。
      「ネズミも生きる権利があるよ」などと、言っていた。


      ある日
      一匹の猫が私たちの生活に加わった。白い大きな雄猫。
      外で哭いていたので、猫好きの私が呼んだら、二時間ほど庭にいたのが、
      縁側の上に、さらに座敷の中へ入ってきてしまった。

      「でっかい猫だなあ」
       彼は、「猫も生きる権利がある」とは言わなかった。
      「まあ、そのうちに出て行くわよ」と、私は言った。
       痩せてもいないし、堂々とした態度だったので、どこかの猫が遊びに来たんだろうと思った。

       結局、猫はどこへも行かなかった。夜、外へ出しても、
       朝、雨戸をあけると縁側にいる。
    
            
       ミイと呼ぶことにした。過去の名前がわからないから、仕方ない。
       飼い始めて、すぐに、ミイは実物以上に「かさばる」と思うようになりました。
       まず、贅沢!
       猫まんまなんか食べない。「お刺身用アジ丸ごと」が大好き。
       お刺身用イワシにすると、もう見向きもしない。さばもダメ。マグロのブツなら
       食べてやろうという態度。。

       若くて生意気でノウテンキだったけれど、けっこう倹約生活をしていた。
       迷いネコのために経費を計上するなんて、想定外。

       へんな癖もあった。私が、風呂にはいろうと服を脱いでいると、じーっと、値踏みするように見ている。
       電話をしていると、耳をそばだてている。
       化粧をしていると、
       こちらの手の動きをちらちら見ながら、小ばかにしたように自分の手をなめて
       顔を洗いはじめるのです。

       ミイはよく教育された猫であると、わかってきた。
       猫は高いところが好きなのに、絶対に食卓には上がらない。
       冷蔵庫の上や調理台にも上がりません。

       引き戸を開けるのは上手で、ふすま、ガラス戸どこでも開けて、出入りする
       爪とぎもしない。
       部屋は和室で、ふすまと木の柱だから、助かりました。
       何しろ借家暮らし。若くて生意気でノーテンキでも、大家さんにはかなわない。

       何が良いと言って、ネズミの足音がぴたりと止んだことです。
              〇 ◎

       ある日、
       私は子猫を拾った。

       まだ、耳もちゃんと立っていない赤ちゃん猫。
       そのか細いいのちには、私たちは、ふたりとも夢中になった。
       「生きる権利がある」と思った。
       小さな竹籠にタオルを敷き、授乳したり、トイレの世話をしたりと、片時も目をはなさず。

       家に、新来者がいるとわかったとき、
       ミイはおびえた目で、こちらを一瞥すると、二階に上がってしまいました。
       子猫は一週間もすると、よちよち歩きまわるようになり、私たちの足を待ち伏せしたり、
       かかとにあと追いをしてきて、とても可愛い。

       ミイは、明らかに
       動揺していた。長い時間外にいて食事に帰ってくるだけ。そのあとは、いそいで、二階へ上がってしまう。
              

       しんと、静かな夜だった。

       私は、ちびを抱いて、布で顔をふいてやっていた。
       彼は、本を膝に置いたまま、子猫を覗き込んでいます。

       そのとき。

       ミシ、ミシ
       だれかが階段を下りてくる――。

       つれあいと私は、思わず顔を見合わせた。二階にだれかいたのかしら。
       出かける時、めったに縁側の鍵を掛けない私たち。
       若くて、生意気で、ノーテンキなカップルは、
       失うものなど何もないと、言ってのけるのが楽しかった。

       ミッシ、ミッシ。

       背筋に悪寒が走った。       
       ミイが、壁の向こうからぬっとのぞいた。

       その直前まで、ひとりの男であったのが、
       無理に身をちぢめているふうに、
       のっそりと、入ってきた。
       





              
             

       
       

誕生日

2016年06月23日 | 聖書



     突然ですが、明日(6月25日)は、私の誕生日。

     先日来日したイギリス人の女の子たちのおばあちゃん――私の友だち――からの
     誕生日プレゼントを一挙大公開!です。




              バースデーカードとスィーツ

                                  フィギア二点――大分たまってきましたが、いつか、「なんでも鑑定団」に出せるでしょうか。

       
         体のケアも思い出させてくれます。いくつになってもレディでいましょう?!

              


         最大のプレゼントは、孫娘さんの顔を見ることができたこと。向かって右側の
         ロジーナが生まれたばかりの日、産院に会いに行ったのですから。
         長い時間が流れました。(新宿御苑にて)

      


        考えるまでもなく、人ひとりが生まれて生きているというのは神秘です。
        親子や兄弟姉妹の関係も神秘です。

        もっと不思議なのは、おおぜいの人に出会い、その中で生きているということです。
        だれかと知り合って、その後のおつきあいが始まるのも、不思議です。

        すべてをご存じなのは、私たちの造り主である神さまだけですね。



                それはあなたが私の内臓を造り、
                母の胎のうちで私を組み立てられたからです。
                私は感謝します。
                あなたは私に、奇しいことをなさって
                恐ろしいほどです。
                私のたましいは、それをよく知っています。

                私がひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、
                私の骨組みはあなたに隠れてはいませんでした。

                あなたの目は胎児の私を見られ、
                あなたの書物にすべてが、書きしるされました。
                私のために作られた日々が、
                しかも、その一日もないうちに。
                         (旧約聖書・詩篇139篇13節~16節)









怪談2 キヨばあさん

2016年06月22日 | 季節

      
         たしか、キヨばあさんと呼ばれていた。
       痩せた小さなからだ、
       引きつめた真っ白の髪、しろっぱい着物――冬場は消し炭色に見える――
       風呂敷の荷物を腰に巻いて、ものすごい速さで歩く姿。
       町から2キロほどの山裾に住んでいるということだった。
       小学生の私から見ると、女の仙人さながら、
       でも、今どきの、孤老とは違う。町とばあさんの家との中間に、娘一家が暮らしていて、
       孫の男の子もいて、おばあさんは、80歳をすぎていたけど、
       何か仕事をしているということだった。毎日、町と家を2度3度往復する。
 
       彼女の変人ぶりは、いろいろとうわさされていた。
       「あの人は、若いころ、娘を売ったんだって。たくさんいたらしいよ」
       「あの人は、占いを商売にしていたらしい」
       「イノシシを殺したことがある」
       「いや、男を殺したんだよ」

       テレビも、なかった。まして、ネットなどない時代、小さな町のうわさは、
       どんどんふくらんで、子どもの耳にも時折、大人のおしゃべりが入ってくる。

              ★ ★★★

       「キヨばあさんが死んだんだって」
       夕飯のとき、母が言った。
       「誰も知らん間に死んでいて、警察が検視に来たって。
       「死後、10日も経っていたんだって」
       中学生になったばかりの兄が、めずらしく首を伸ばして話を引き取る。

       「10日も見つからなかったなんて、娘もいて、なにしていたんかしら」と母。
       「ぼく、3日ほど前に、会った気がするけどなあ。街道を飛ぶように山奥へ急いでいたで」

       母の目がきらりと、兄を見返した。
       いつもなら、「ええ加減なことを言いなさんな」と、たしなめる場面だ。
       「そう。ほんま?」と念を押した。
       「それがね。カワムラさんも、そういうのよ。一昨日ばあさんを見たって」
       「ほかにも、アネサキさんが、3日前に、おばあさんにパンを上げたって」
       アネサキさんは、私の友だちの家で、小さなパン屋さんだった。

       「そういえば」
        母は一番下の弟の口に、箸で小さくした大根の煮物を押し込んでいた。

       「それがね。アネサキさんのところに来たのは、夜やったんやって」
       「元気な人やったけど、夜に出歩くような人やなかったから、
       幽霊やないかと、ヨシザキさんのご主人が言うてね。」
       「思い出した。ぼくが見たのも、夜やった、ほら、柔道のけいこの帰り」

       「いややね。なんか、ぞーっとしてきた」
       母は、はやおびえている。
       「そろそろ、お父さん帰ってきはるかな」
       心細くて、私は妹と顔を見合わせた。

       「ねえちゃん」
        妹が、箸を持った手で窓を指した。
       「だれかがいる」
       「ヘンなこと言うな」
       兄がちゃぶ台に茶碗と箸を置いて、怒鳴った。すっかりびびっている。

       そのとき土間の先の勝手口がどんどんとノックされた。
       「どちらさん?」
       母の声も、とがっている。
       「どちらさん?」
       「早く開けなさい」
       父の声に、私は立ち上がった。掛け金を外して戸を開けた。
       「お客さんや。キヨばあさんが用があるそうや」

       「何の用か聞いてきてください」
       母があまりにつっけんどんな口調だったので、父は庭の方へまわった。
       父はしばらくして戻ってきて、言った。
       「ヘンやなあ。確か、門の内側に立ってはったんやが。玄関のかぎを開けてくれるか。
       玄関がしまっていたからこっちへまわったんやから」

            ★★ ★★ 

       「脅かさんといてください」
       父と向かい合って、お茶を飲みながら、母が言った。
       「ほんまに、キヨばあさんやったんですか」
       「さあ。」
       珍しく飲んで帰ってきたらしい父は、機嫌が良かった。
       「名前を名乗ったわけやないけど、だれかいたことは事実や」
       「10日前に亡くなった人ですよ」
       「ほんなら、別人でしょう」
       「はっきりしてください」
       「じゃあ、別人やろ」

       父は煙草に火をつけて、つぶやいた。
       「別人が嫌なら、キヨさんにしとこう」

       私は自分の部屋から出て、手洗いに行く所だった。
       足がすくんで、動かなくなった。
       キヨさんのうわさは間もなく消えた。
       暑い長い夏が始まっていた。

       「キヨさん。どないしてるんやろ。こんな暑い時こそ、出番やのに」
       カワムラさんと、アネサキさんが、立ち話していた。

       テレビのない時代。
       だれもが「話題の人」になった時代。