きょうは教会のスモールグループの学びの会でした。
十四年度の一年間は、月一回のペースで、
佐々木正明牧師の「神の国」をテキストとして学んできました。
神の国とは、聖書が示す「神が統治される世界」という意味です。
天国も基本的には同じ意味です。御国(みくに)という言葉も出てきます。
聖書は、ジャンルの違ういろんな文書の集まったものです。
著者も、書かれた時代も書かれた場所も異なった六十六の書物で成り立っています。
千五百年間にわたって書かれたこれらの書物が、しかし、不思議と一貫したテーマでくくられているのです。
ですから、聖書の真の著者は神であると、言われています。
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私は、猫や犬が大好きでした。多分、飼うことができるなら馬でもうさぎでも好きになるでしょう。
動物の知能の高さは、飼った人ならよくわかります。
それでも、人間は特別なのです.人間だけが神に似せて作られているからです。
その具体的な証明として、テキスト「神の国」には次のように解説されています。
神に似せられて造られた人間 神の自己表現の中で、とくにきわ立っているのは、人間の創造です。
驚(おどろ)くべきことに、人間は神の姿にかたどって造られたのです。
もちろん、これは神に手足があるということではありません。
人間は、霊的(れいてき)な存在者(そんざいしゃ)である神に似せて、霊的な存在として造られたということです。
たんに、犬や猫のように、生まれ、食べ、繁殖(はんしょく)し、死ぬ、動物的な体と命だけではなく、
神と交(まじ)わることができるように、神と同じ性質の霊を与えられて造られたのです。
そのため、すべての動物の中で、人間だけが、神を礼拝したいという心、
祈りたいという気持を、本能として持っているのです。
そういうわけで人間は、たとえ、どんなに進んだ文明の中に住んでいても、
未開の世界に生きていても、すべて、例外(れいがい)なく宗教を持っているのです。
(創世記1章26-27節、2章7節)
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心底から神を仰ぎ見る人が、人を殺すでしょうか。
ネットに反社会的な記事を投稿して、英雄気分になれるでしょうか。
かつては、日本の人々も、天を恐れることを知っていました。
「お天道様が見ている」
お天道様(太陽)も神の被造物の一つに過ぎませんが、
人を生かしてくださる大きなものに気付いていたことは、
日本の文化や日本人の感性、確かな倫理感を形成するうえで
大きな意味があったのではないでしょうか。
「主(しゅ=神)を恐れることは知識の初めである」(箴言1章7節)。