4/19 タケロー 目下、彼は腰の手術をしてお休み
少しよくなったら、リモートでやればいいよ。
今朝の話だけど
赤い灯台ってロシアの新聞があるとか。
ネット版もあるそう。
タケローの8時から聞いた。
内容のところはタケローを聞いて。
さけますの輸入元はチリが66%。
ついでノルウェー。
ロシアものは10%。
だから価格は上がるかもしれないけど
食べる分は困らない。
政府がサケマス漁の漁民を保障すればいいってことで
サケマスでロシアになにも遠慮することはない。
そうなんだ。
ここが知りたかった。
今朝の担当のさかいさんが言った。
4/19 地震ニュース
8時16分 ごろ茨城の北部で地震
震源は福島の中通り。
Dは聞き逃す。90キロ と8時30ごろ言った
M5.3
4/19 パリで 雀に助けられた
その日、雀が朝から同じことを言っている。
それが午後になって突然理解できた。
あいつが来ているの?と私は聞いた。
チーコたちは
だからそう言っているじゃない
って答えた。
あいつってトレラのこと。
上に引っ越してきた住人が偶然にトレラの友達だったのだ。
そのアパート・住所は私がパリで一番長く住んだところで
上の住人は頻繁に変わっていた。
私は隣の住人とよく話をした。
上の子たちはうるさいのが多くてねと言っていた。
当時上にいた子たちは2組の男女で
二部屋のアパートをひとつづつ使っていた。
この狭いところに4人で住んでいると
私はうんざりしていた。
私のアパートの前の住人は隣人によると
英国の男性だったとか。
その人が亡くなって、たまたま管理人が上の部屋が空いているよ
と教えてけくたのだ。
そこは中庭をはさんで4つの建物があった。
私はそのひとつの2階にいた。
でも日の当たらない部屋で、管理人の教えてくれた部屋は
太陽のさんさんの当たる6階だった。
即決。
友達に手伝ってもらい引っ越しした。
当時はその程度しか物がなかったのだ。
その部屋で、ある日、テーブルの上のパンの切れ端を
捨てようとしたけど、
何気なく窓辺に置いた。
でも誰も来なかった。
捨てようと思った数日後、チューと大きな声が外でした。
なんだ???
すぐわかった。
2羽の雀が来たのだ。
それがパリで私と雀の出会いだった。
私は時々パンの切れ端を置くようになった。
ある夕方、お父さん雀と息子が来た。
息子のおいしいね って声がして私はニッコリ。
食べ終わって、お父さん雀の さ、行こうの声。
息子はもっとちょうだい って言ってみようかって言った。
お父さん雀は めっそうもない
って言って去った。
嘘みたいに雀の言っていることがわかって
私は知り合いが急にたくさんできた気分だった。
私は仕事に忙しく、時々友人たちを呼んで
食事なんかしたけど
私のことろから人の声とか笑い声が聞こえると
あなたのためによかったって思うのよ
って隣の老人に言われたもんだ。
隣の老人は私は孤独でなんか惨めな生活をしているように
見えたみたい。
隣の女性は母より年上の老人で、
彼女の伝言を近所のスーパーに届けたり
私のできることは母を手助けするようにやっていた。
彼女の話だと、
戦争(第二次世界大戦)で男がみんな死んでしまい
私の世代は独身が多いのよ
とのことだった。
彼女は公務員でアパートも彼女の買ったものだった。
トレラの問題が起こったころは彼女はもう入院して、
亡くなっていたかもしれない。
不思議なのは、それが雀の超能力なんだけど
雀は私のトレラの問題を知っていた。
日本にお父さん雀に似た雀がいるのだけど
ひょっとしてパリから来た?
なんて思わずにいられない。
パりの雀は日本の雀よりもっとフレンドリーだった。
外出するとついて来たり、
ひょんなところでで出会うと
お互いになんでここにいるの?
って聞きあったり!
日本の雀はこういうことしたことない。
いや、なくもない。
道で会って、今ここにいるんだって
住まいを教えてくれた雀もいた。
雀は住まいをいくつも持って
同じところに長居しないみたいと
私は思っている。
表現の仕方が違うのかもしれないだけかもと思うこともある。
私と雀の話を本にしたいと思ったことあるのだけど
雀のこと、あばくような気もして
決心がつかない。
4/19 朝気分爽快で目覚めて時計を見たら3時半を過ぎたところだった
彼は怒っている?
雀の能力を持っているなんて書いたから。
でもその能力で私はどれだけ助けられたことか?
後で書く。