今日は、母と妹が健康診断を受けに、病院に行きました。
私は家でお留守番。
洗濯をしたり、石油の巡回販売の車を待ったり。
これじゃ、主夫だ。
でも、案外自宅警備員も忙しいもので、仕事は腐るほど見えてくるが、手は一つ。
不思議なもので、外に仕事を探しても見つからず、というか相手にされず、うちに仕事を見いだすのだから、見えない天秤というのは不思議と釣り合っている。
見えない天秤と言えば、昔遊んでくださったご老人から、
「坊や、大人になって不平不満を言いたくなったら、おじいさんのいった、見えない天秤という言葉を思い出してごらん。その見えない天秤というものは、必ず釣り合っているんだから。」
といわれたの思い出しました。
そうか、仕事の絶対量というのは決まっていて、外でするか中でするかの違いなんだな。確かに耕しもせず食べ、紬(つむぎ)もせず着ているのだから、それに支払う分だけの仕事はあるわいな。
などと思った次第であります。