目覚めた孔雀。独り言三昧。

目覚めた孔雀の独り言です。

若き日の想い出。

2021-05-03 09:26:58 | いけてつ独り言
私の転校先の学校は制服がなかった。
だからといって変な格好をしてくる生徒はいなかった。

その中で私はいわゆるオタク服という服装を着て学校に通った。
なんか聞いた話ではオタク服と言うより駒トラ(駒場トラッド)という服のセンスに近いらしい。

駒場と言えば私は駒場には潜り込みには行かなかったが、本郷にはちょくちょく行った。
潜り込んで講義を聴いていたのは、もっぱら法学部の授業である。

そんな私が潜り込みをやめたのは、行政法の塩野先生に当てられて、国家賠償法に基づく賠償責任は、いわゆる官庁が雇ったバイトさんにも責任が及ぶかどうかについて質問され、正解できず面目を失ったからである。
(追記:国家の賠償責任は、公権力の行使に関わることすべてであるから、バイトさんが公権力の行使に関わる業務をなした場合は、国家は賠償責任を負うと、答えられなかった私を含めた五人共々、塩野先生からお叱りを受けました。)

だが、教授に学生扱いされて満たされた私は、以後五月祭と二年後に受ける共通一次以外は二度と潜り込みはしなかった。

五月祭と言えば理学部の地学サークルの鉱物販売とあれは工学部の教室で売っていた戦史研の研究レポートを買いに行くのが好きだった。

あれは私が高校生で妹がまだ小学生ぐらいだったと思う。
そのときに地学サークルの鉱物販売に連れて行ったのがきっかけで、妹はミネラルフェアーに行くようになった。

それとカテキョの生徒を連れて行って、薬学部の展示でオゾンの発生や簡単な蛍光の展示を見せて彼を理系にしてしまったようである。

確か工学部は理科一類だったと思う。

私の共通一次は二回とも本郷キャンパスの工学部の教室だった。

ってことは私は法律が好きだが、天の神様はおまえは工学部に行くとよいと、無言の教示をたれてくださっているのかもしれない。

さてその共通一次の首尾だが、下駄を履かせてIQ中の上ぐらいの私に入れる国立大学なんてあるわけがない。

すべて一次で足きりをされました。orz

さて、私の母校の学園祭。
私は一度も行ったことがないのである。
学費未納で除籍になったのだから、母校もくそもないかもしれないが。


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