愛
単色で塗ると
好きであることが見える色
そのページがめくられた剥離のあとで
淡い木陰になって
茫洋とした空気のなかで
再生される
やっかいな白紙
それでいて
おいしいたべものである
林檎のたくらみ
果皮は目にまつわりつき
油脂をさされるような
不安をそそる
暗夜の空の円月
培う術は不明
語韻の響きや身のしなりは
瞳の奥の深い森に棲む
特別なイキモノのように
とうとう得体がない
獰猛な心理学の書を投げ出した学生が
目的もなく走り去る靴音に似ている
愛
単色で塗ると
好きであることが見える色
そのページがめくられた剥離のあとで
淡い木陰になって
茫洋とした空気のなかで
再生される
やっかいな白紙
それでいて
おいしいたべものである
林檎のたくらみ
果皮は目にまつわりつき
油脂をさされるような
不安をそそる
暗夜の空の円月
培う術は不明
語韻の響きや身のしなりは
瞳の奥の深い森に棲む
特別なイキモノのように
とうとう得体がない
獰猛な心理学の書を投げ出した学生が
目的もなく走り去る靴音に似ている
まじめな鳥のように
魔日!
枝がへしおれた
つかまっていた
足首と爪が虚空に泳ぐ
羽が開かないままで
関節の ぎぎぎぎ という
きしむ音だけが
永遠のように
きこえている
翌日になって
木々の世界や草原が
すっかり瓦礫の山だ
奇跡的に残った梢で
ただ あたりを きょろきょろ
そのうち 魔の雨もふりだしてきた
放射能 シーベルト
きいた事もない
意味 さっぱりわからない
方言のように
科学地方の言葉らしいが
辞書をもっていないから
わからないが
大変 むつかしい 言葉 らしい
テレビでは
時々 教授や評論家があつまって
眼の奥のほうで にやっと 笑いをこらえて
しゃべっている人もいるように思える
奇跡的に残った梢で
飛ぶ練習をはじめてみた
そう ばたばた と
大樹
その大きな樹に
手を振れている人
少し離れてしげしげとみつめる人
狂ったようにクルクル回る人
名前は付けないでおこう
とにかく大樹とのみよぼう
もっと離れてどんどん離れて
遠くからながめよう
廻りの樹々をはるかにこえて
天空にはりついている
えゝ
天までとどいているようにみえる
でも、かすかに風にゆれている
あゝ
割合柔軟なのだ
おゝ
いま数百羽の雀がやってきた
びくともしない大樹
雀の合唱コンクール
その夜台風が通過していった
夜明けの茜色の空に
大きな影絵
それから
さわやかなコンサート
大樹がはじまる
デモっているひとも
デモられているひとも
聴きにおいでよ
この音楽を
方向を考えるには
もってこいのホールだのに
手紙
手紙をかきましょう
宛先未定のかんたんなもの
お元気ですか
と
一度お出でになりませんか
と
鸚鵡 インコ 翡翠 文鳥
みんなどうしていますか
と
それからもうかくことがない
手紙です
返事をかきましょう
宛先未定のかんたんなもの
かわりありません
と
一度お会いしたいです
と
みんなそれぞれのしごとに
いそしんでいますので
と
天もたかくなりましたね
返事です
手紙教室の今日の練習でした
夕闇の蝙蝠はすばやくとんでいました
ゲーム
目と目をみつめ合い
未公開の自分のヒミツを
無音声でかたりあう
おたがいの眼のいろは
そのとき
何色にかがやくか
何色ににごるか
くちのカタチで
そのひらかれたヒミツをよみとり
メモをする
お互いのメモがあたっていたほうが
勝ったことになるゲーム
このゲームは
信じることがなりたつ人との間以外には
なりたたない信用ゲームだが
そんな純心なひとが
自分のなかにふたりいても
なりたつかどうか
わからないという
いたずらゲームだよ
ボタン
真っ赤な小さいボタンがおちていた
真っ白の舗道のうえに
紅白はいろいろの状況をつくる
源氏物語と平家物語?
祝賀会のマンマク?
白鳥と火の鳥?
みためには白黒とちがうけれど
なかみはおなじだ
黒白か紅白か
どちらかといえば生存の鉄則
雌雄を決するという意味がある
そんな事詰らないから
いっそうのこと
青い大空のような
だだっぴろい布でくるんでしまえば
すっかり晴れて
真っ赤な小さいボタンなど
きえてなくなる塵埃だけれど
でも
そうなると
イキモノは
存在しないことになるから
おとしたボタンは生命の証しになる
たいせつに保存しておきましょう
夢
花にとまる昆虫のように
人々のどこかにやってくる
シーツの皺のある山影や
白熱灯の熱いガラス球
しらないうちにかたちをかえる
きえることとあらわれることとをくりかえす
蜜蜂や黒蟻の行動
見た事もない蝶の舞踏
空中に飛び出して行方不明になるフェスティバルの風船
舞踏会の靴がガラスになる
美味しい食べ物が突然凍る
二重露出の街路樹の金と赤の落ち葉がふる
水鳥が潜ったままきえてしまった
男と女のキラキラひかったりする会話
途中で煙にまかれるのは願望
昔から人は煤とともに生きてきた
永遠の汚れは拭き取らない方がいい
ケモノは夢をみるだろうか
夢をみるのかみせられているのか
遠雷のように景色が吼える
夕暮と今朝の風と夕暮の風と満月と携帯電話とベッド
夕暮は一瞬静かになり
携帯電話がかかります
今朝の風がかけてきました
便りですかとといます
いいやそうでもないよとこたえます
朝から夕暮までなにをしたかと
といあわせてくるのです
なにをしたかすっかりわすれていました
夕暮の風はやさしいのです
それでいいよと
夕暮の風は今朝の風にこたえてくれました
今夜は満月です
曇っています
夕暮の風から携帯電話に
不在着信があるのを
さきほどみました
電話しましたが夕暮の風は
もういませんでした
それから満月は
すこしだけみえましたが
直ぐ黒雲の中へかくれました
かくれた満月はしばらくすがたをくらませて
携帯電話にかけてきました
空間が時間と一緒に動いているのか
時間が空間と一緒に動いているのか
動いているのはどちらかが先に動いているのか
三択問題でした
そこで携帯電話は不通になってしまいました
ベッドにはいって眠りました
いますんでいるところはいまというところです
いますんでいるところはいまというところです
いまはどこにでもありますのでそこにすんでいます
いまいましいけれどもそうなんです
そのひとはコーヒ―にミルクをいれました
カップがとつぜんひっくりかえって
いまがすこしドロドロになりました
とりはよくしっていて
そんないまにはおりてきません
せいけつにしないとなんにもなりません
いまをいまひとたびうつくしくしましょう
いまにおはなをかざり
おはなのごちそうをつくります
おおきなおさらはきれいにもれます
すばらしくておいしいおりょうり
がっこうでならってきたかのじょは
まっしろのかっぽうぎをきておりょうりしながら
ほがらかなうたをうたいながら
たくさんのとりをしょうたいします
あかいとりはソプラノでおれいをうたいました
きいろいとりはテノールでおいしいといいました
いまがとつぜんぼうふううになりました
とりたちはかわいそうに
おどろいていなくなってしまいました
いまはだいじょうぶでしょうか
そこらじゅういまだから
そこらじゅうがたいへんなのです
それでもいまはそんざいしています
いまはなにがあってもこわれません
それにしても
いまはずっとつづくのでしょうか
かのじょやおはなやとりたちがいなくなっても
いまのかわりのいまがあるからだいじょうぶです
いまといまがそっとかさなっているのです
そのぬいめはあるのですか
かみさまはなにもいわずにでかけられましたが
正常と異常
ふと
目を閉じたら
部屋らしいものが見えた
天井はうす墨色でぼかしが効いていて
高さはわからない
窓はないが
なぜかほんのりと明るいのである
畳を敷きつめた和室
目を開けたら
抽象的にいえば
縦と横の線でできている世界だ
具体的にいえば
モノたちがそれぞれの位置を主張しているから
これ以上どうにもならない世界だ
シンフォニィーのようにうつくしくはないが
こわせない
怖気づいていた正常が
さかんに部屋をはしりだした
異常は落ち着いて
その正常を見ていた
両者の境界線は
みあたらない
リアルタイムのワケ
天候の上には
白鳥のむれとぶ青空がみえない
天候の下には
大きな建設用の重機が
濃い紺色の腕を
遠慮なくのばしている
ある日のある時のある世界
真っ白な羽根が雲になる
やがて一羽の白鳥が
天候の中にあらわれる
レストタイムを終えた重機
あらわれた白鳥
天候
くああ くああ くああ
とつぜんひるまっから
カラスの鳴く音と
微風が軒の下をとおるかすかな音と
エアコンのエアーを噴き出す音と
三つの音の
とても不思議なアンサンブル
ジャズを期待しても
なるワケがない
そうなると
ワケとは
白鳥をつくり
天候をつくり
重機をつくり
カラスを鳴かせ
微風をながし
エアコンをうごかせ
それらをさっさっとやってのけたり
のけなかったりするのは
神様のことか
ワケとは
きず
きずができたか
みぞができたか
きずはあさいか
みぞはふかいか
キツツキのつくるきずはふかいが
それはキツツキが
おのれの生をつらぬくためのもの
不可欠なことをやっているのだ
きずつけられた樹は
不平不満を枝葉にまきちらして
あたかもなにごともない平和ないちにちとして
キツツキがつけたきずを不問にふしている
つまりはその樹にとっては
キツツキがつけたきずは
その樹にとっても
その樹の生をまっとうする
たいせつな事件なのだ
この世界でおこる出来事は
ゴミのように排出されて
晴天曇天雨天風天
内部ドタバタ
外部シンミリ
生きぬけるものたちは
さいわいなりとでもとなえているのだ
キツツキにコンコンつつかれるのも
キツツキにコンコンつつかせるのも
両方足し算引き算すると
なにもなくなる勘定だが
「しずかな森でキツツキが
樹をコンコンと叩く音に
ききいってみてはどうでしょうか」
樹もキツツキも
幸せだと思いませんか
やるせなさ
減点方式も
加点方式も
点がないときは
みえない鳥が羽ばたいているにすぎない
カーテンコールのすきまの
白い杜で
青い鳥が鳴いていても
幕が開かなければ
ステージは始まらない
宵待草の原っぱになり
冷凍食品のように生きながら死んでいる
静寂と無為がすくすくそだって
ひろがるばかりだ
ふと
白い杜をはなれた数十羽の青い鳥が
ヘッドライトのように
さえずり始めた
暗闇をてらすように
そのさえずりはけたたましくなり
茜色の光が
ながい闇を少し明るくして
もうすぐ陽がきえる空をなだめる
そんなぎりぎりのときに
バルコニーに
青い鳥が勢ぞろいしたが
彼女たちは
減点加点の数をついばみ
ボロボロにして窓辺の花瓶に飾り
減点加点方式を綺麗に反古にする
そんな青い鳥のやるせなさが
いましばらくはつづくだろう
たとえやるせなさであっても
なにかがつづくことが
いまをささえるかてとなるから
鏡
鏡は何をうつしているの
あの世界はワンダーランド
どこかが違うのだが
それがわからないまま
のぞきこんでいるのが
鏡の外側の世界であることはまちがいない
鸚鵡はさかんに鏡を叩くだろうか
薄い鏡なら壊れるだろう
壊れた鏡でも
分解されなければ
そんな傷など平気で
こちら側の世界を
くっきりとうつす
時々鏡のなかにはいりこんで
あちら側の世界から
こちらをじっと見つめている不思議を書いた文章に
街角で出会うという
幸運にでくわすこともある
こちら側とあちら側が見えておもしろいよ
都会からのできごと
僕は都会のだす響きの隅っこで
捨てられた痩せた子猫を具象とし
綺麗でこのうえないという
ダイアモンドかサファイアの
きらきらきらの煌びやかな子猫を彫る
見知らぬ奴の懐にその彫刻刀は秘められた
何時どこにそいつがあらわれるかはわかりません
次のシーンは重いページをそっとめくり
耀く本質だけでできている
いわば精神の作品として
博物館や美術館にもみあたらぬ
よごれたホコリの類を
おもいっきりぬぐいさり
今夜のうちにはしりさる像としてとらえます
そのころは子猫のすがたもみあたらず
永久(とわ)のしずみの光線があやなす高原で
だれかがわすれたページひとひら
そよいでいるにちがいない
さえぎる雲もない空と
静寂だけが燦々と
草の香りにつつまれた
僕の体躯にふりそそぐ