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「ええ。土の恵みはなく、太陽の光も少なく、風すら澱んでしまい人間には住むにも行くにもむかないところだそうですね。一方で、奇々怪々な街の構造が好奇心と冒険心をくすぐるのだとも、聞いています」
ニコッと笑ってそう言えば、ゴブリンのおじさんは鼻をひとつ鳴らした。
「ま、好きにしな。何かあっても、死ななきゃお上に訴えることもできるだろうよ。この街で人間族が安全に寝泊まりできる宿は、第二層十五区画付近の『月桂冠の宿』だけだ。高々と旗を掲げてるから、とりあえずそれを目指せばいい」
「あの緑色の旗ですか?」
谷の向こうから吹いてくる風に顔をしかめながら、パタパタと宙ではためいているものを指差す。
「ほう、目はいいんだな。そうさ、あの旗の下に『月桂冠の宿』がある」
「むぅ。あれはまたかなり遠そうではないか」
「なに、道中楽しめばいいだろう。ま、血の気の多い奴も山ほどいるからな。せいぜい気をつけるこった」
「はい、ありがとうございます。いってきます」
アダムをいつものように頭に乗せて歩き出した僕の後ろで、おじさんは何か言った。だけどその声は、風に攫われてしまって、切れ切れにしか聞こえなかった。
「……間の悪い……。よりに……エクリプスの夜……来るとは……」