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いつの間に這い出てきたのか、僕の肩の上でアダムは頷いていた。鼻の下は、相変わらず伸びたままだった。
「どうぞ、こちらです」
やがて見えてきたのは、洗練された白亜の建物だった。厚い木の扉がギィと押し開かれた。タイルを貼った床には赤いカーペットが敷かれ、温かい色味の上品な家具が並んでいた。
「おかえりなさい、エクレア。……おや、その人達は?」
柔らかく落ち着いた声は、壁の燭台に火を入れている陰から聞こえた。高い天窓から入ってくる夕日の光はか弱く、室内は薄暗くて陰にいるそのひとの顔は見えなかった。
「ただ今戻りました、司祭様。こちらの方々は先ほど蛟の三番通りでお会いしたのですが、月桂冠の宿へ行くとおっしゃられたのでお引き止めしたんです」
「なるほど。そうでしたか」
こちらに歩み寄り、光の当たるところに出てきた『司祭様』は敬虔な黒い服に身を包んだ山羊の獣人だった。
「はじめまして。この救貧院の長のようなものをさせてもらっています。皆さんからは司祭と呼ばれておりますので、そのように」
そう言って片手を差し出してきた。あまり熱を伝えない動物特有の皮膚を持つその手を軽く握り返す。
「はじめまして、司祭様。僕はトルヴェール・アルシャラール、こっちは連れのアダムです。お言葉に甘えて、今夜はこちらで休ませていただくことになりました」