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「あ、アダ、ム。これ、は、なに。どういう……」
「触れてみれば分かるだろう」
淡々とそう返された。
ズリズリと膝を擦って進み、震える手で舳先から手を伸ばした。手が伸びきる前に、冷たくて固い壁に当たった。その感触は、僕の家の漆喰の壁に似ていた。
「でも、ほら、だって、空も海もまだずっと続いて見えて……」
「錯覚を利用して奥行きを見せる絵画技法があろう。多少魔法は使っているだろうが、原理はそれだ」
波の音、風の音、船が軋む音、あらゆる音の全てが聞こえなくなった。血の気は引いていくのに心臓がばくばくと上へはねているのが分かった。
「絵画、技法……? 世界の果ての壁、なんて……だって、それじゃ……まるで誰かが……」
「そう、ここが《世界》の果て。本当の世界の一部を囲んで作られた、偽りの《世界》の端」
顔を少し上げた先で、空色の壁に四角い穴が空いていた。その際に立っているのは、濃紺色の羽衣のようなドレスをまとったあの日の『彼女』だった。
「また会えて嬉しいわ」
ドアの向こうは茜色の光が差していた。