北宋期の斉州(今の山東省一帯)に、名は劉庭式、字(あざな)は徳之という読書家がいました。彼は科挙に合格した後、密州の総判事を務めるようになりました。当時、密州の長官であった蘇東坡は彼を大いに賞賛し、その人格を敬い重んじていました。
科挙の試験に合格する前に、劉庭式は郷里の民家の女性と知り合い、婚姻の約束を交わしましたが、結納金はまだ納めていなかったので、婚約は正式なものではありませんでした。
その後、科挙に合格した劉庭式は晴れて官僚となり、名士からも認められ、前途は洋々たるものとなりました。ところが例の女性は大病を患い、両目とも失明してしまいました。女性の家庭は田畑を耕す百姓の身分で家も貧しいため、劉家に縁談のことを持ち出すことができませんでした。
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