「おおしたさん」のブログです

思っていることや考えていることを、気ままに書いています。

今年もすごいボリュームだった大浦さんの疳の虫講座

2023年11月25日 | 小児はり、スキンタッチ教室
世界は偶然が積み重なってできていると捉える生命論的世界観は、この世を矛盾のかたまりだと言っている。生まれた時から死に向かって生きている私たち、だから本来ならば、同じ世に生きる生き物を大切にすべきなのに、生き物を食べないと生き抜く事ができないという矛盾、生きとし生けるものは死ぬまでその葛藤から逃れる事はできない。

脊椎動物だが、古生代の終わりに一億年を費やした上陸のドラマを、受精し世に生まれるまでに追体験するとは三木成夫先生。地球上に生命が誕生した38億年の歴史を体内に宿すとは中村圭子先生。この辺りの話は割りと好きで、夢野久作の「ドグラマグラ」巻頭歌である「胎児よ / 胎児よ / 何故躍る / 母親の心がわかって / おそろしいのか」も思い出すことの一つ。

ところで、疳の虫の虫たる所以、甘いものや抗脂肪分の過剰摂取が中焦に積滞し湿熱が作用し虫が発生すると古典にはあるそうだ。遠い昔、医学が未発達な世界で、なんだかわからない症状や精神状態を、得体の知れない虫が体の中で暴れているせいにしてきた。これはその人の犯した罪や業、因果に子どもを巻き込まない事を意味する。その病を虫に委ねるとはすなわち、優しさにもつながるのではないかと思った次第だ。

余談だが、五行における子どもの感情は恐れに怒り、悲しみがあるが、脾土にあたる「思い」だけは感情ではない。「思い」は自らが能動的に得るもので、脾土が意味する、生まれ落ちてからの生命活動に一致する。

ということで東京スキンタッチ会大浦さんによる疳の虫講座も昨日で最後、1回目の講義からの資料に目を通しているところだ。子どもの発達過程も大浦さんの解説で、五行で説明できる事を知った。先ずは生きる根っこである「腎水」が子どもに安心を与え、「肝木」とともに好奇心をややる気をくすぐる。この腎水と肝木が育くむ生きる根っこが育ってはじめて「脾土」たる所以の仲間とのやりとりを楽しむことができる。でも仲間とのやりとりを楽しむためには約束やルールを守る事が大切になる。そのために必要な自立や「義」を育むのが昨日学んだ「肺金」の力。でも昨日の肺金の話「おい、金がらみで金星丘まで持ってくるんかい!」「「命に嫌われる(初音ミク)」聴いちゃったじゃんかよ!」「昭和の覚悟と令和の覚悟って?それを肺金の性質であるところの従革に粛降、五根や五志といった根っこの部分を当然知ってるよね?みたいな感じで話をしてくるんで、いつもは寝てる21時台に脳みそ総動員しちゃったじゃんかよぉ!」といった話はさておき、肺金も無茶面白かったので後日レポートしたいと思う。

子どもの急変は誰もが経験する。機嫌良く遊んでいた子が突然熱を出すとか、よく寝ていた子どもが眠れなくなるとか。元気よく食べていた子が少食になる事もある。それらを昔の親は虫のせいにした。自らの躾や育児が原因ではない、虫のせいにすれば全てが丸くおさまる。原因や理由に過度にこだわる今の時代に「この子に虫が湧いたのだから仕方ない」と言われたらやりきれないかもしれないが、因果関係がわかる病ばかりではないのだ。どうすることもできない宿命の前で、それを粛々と受け止め無ければいけない時が必ずある。そう考えた時、子どもの症状を「虫」に委ねる時があっていいし、それも立派な子育ての知恵だと思う。それは観念概念の中での虫でもいいし、細菌やアメーバ、はたまたサナダ虫といった実際でもいい。うん、そんなものはどうでもいい。偶然が積み重なってできているこの世界で生きる術、テレフォン人生相談での加藤諦三さんの言葉ではないが、変えられるのなら努力し、変えられないのならそのまま受け入れるしかないのだから、偶然が重なりあうこの世の中で、人生をどう真剣に生き、どう諦観とともにやりすごすか、疳の虫について考えていたら、あらぬ方向に考えが及んでいた。

【2005年9月のブログより】

「胎児よ
 胎児よ
 なぜ躍る
 母親の心がわかって
 おそろしいのか」

で印象的な夢野久作の「ドグラマグラ」を思い出してしまいました。

【2006年7月のブログより】
いろいろか書きたいことがあるけど、ここではひとつ、命は本当に大きなものに導かれてるっていうこと
遺伝子の法則を解明する!!ッていうことは、誰かがこの遺伝子の法則を作ったっていうことだけど、科学ではこの法則を作ったことに対してのアプローチは全くありません……っていうかできないですよね。
遺伝子の情報をどうやって作ったかは人間には解き明かすことはできないけども、常に考えていかなければいけない命題ではないのかっていうことを言っておられました。

【2023年3月のブログより】
「変えられることは変える努力をしましょう。変えられないことはそのまま受け入れましょう。起きてしまったことを嘆いているよりも、これからできることを皆で一緒に考えましょう」加藤諦三さんがテレフォン人生相談のイントロで使う言葉である。私はこの「変えられないこと」の閾値が低いようで、諦めてしまうのがとても早い。この諦めという選択こそが自分の証だとも思って生きてきたのだが、見方を変えれば「努力を放棄しいつもそれを正当化してきた」とも捉えることができる。

私たちヒトのカラダには膨大な数の微生物が生息しています。例えば、腸内には約1,000種類以上、100兆個を超える細菌が住み着いており、重さにすると1~2kgにもなると言われています。
人体を構成する細胞数は約37兆個※と推定されており、これを遥かに上回る数の微生物がヒトと共生関係にあります。このような細菌を「常在菌」と呼びます。


 
 

【2023年10月のブログより】
大浦さんが講座で言っていた「腎水が生命の根なら、脾土は社会の根」という話にこの事を思い出した。脾土の運化作用により生後食べ物から作りだされる「後天の精」。脾土の作用は消化吸収に関わるものだが、まさに生まれた後に大切になってくる臓腑がこの脾土で、その臓腑が「思う」とか人との関わりに関連するとなると、やはり生まれた後に育まれるべきものなのだと、改めて理解した次第だ。


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