先日の娘の結婚式。
新婦両親も午前7時の入りでした。
女性陣の着付けの間、少し時間があったので、辺りを散策。
神職の方が清掃をされていたので、色々聞いてみると、いやぁ、出てくる出てくる、由緒正しきこの神社の歴史が、、
なんだかとっても素敵な神社なんだと、結婚式前からテンションマックス!
頻繁に生け直しているのでしょうか?
手水舎の生け花がとっても素敵。
神職の方に教えてもらった、都内で2番目に古いとされる狛犬。
延宝3年(1675年)に奉納されたそうです。
ちなみに都内最古の狛犬は目黒不動尊にいるとのこと。
調べてみると、目黒不動尊のは承応3年(1654年)に建立されているとのことですので、東京最古の称号、21年しか違わない??
このずんぐりむっくりとしたカエルにも似た体形は、シーサーにもその源流を見る事ができるそうです。
とりあえず、一社で7対の狛犬と2対のキツネを見る事ができるのもこの神社の特徴らしく、狛犬ファンに人気がある神社だとかないとか。
関東大震災に第二次世界大戦。
周りは火の海だったらしいですが、この土塀が社殿への延焼を食い止めたとか。
だから300年も社殿が続いているとのこと。
社務所でもいろんなもの熱心に見ていたら、宮司さんに呼び止められて、、
宮司さんにも色々質問をしていたら、この本をいただきました。
面倒くさいことをたくさん聞いてしまい、大変失礼しました。
ありがとうございました。
長い年月をかけて色味が増した銅板葺の緑青が素晴らしい!!
ちなみに社殿が建てられたのは享保15年(1730年)。
なので建立300年くらいになる、誠に由緒正しき社殿なのです。
建立はあの有名な「享保の改革」真っ只中!
ちょうど倹約政策がとられていた時代だったので、将軍寄進にもかかわらず社殿は簡素。
それがまた良い!
享保の改革
徳川吉宗(とくがわよしむね)が第8代将軍になった時、幕府は財政難に苦しんでいました。 吉宗は武士に質素倹約を命じ、上げ米の制を定めました。 また、金や銀の流出を防ぐために貿易額を制限し、木綿や生糸、絹織物の輸入量が大幅に減少しました。
境内の東側にあるこの樹齢400年の大いちょう。
赤坂氷川神社がこの地に建立されたのが300年前だから、移転時すでに100年を超えていたことになります。
主幹に大きな空洞があるのは、先の大戦での焼夷弾の直撃によるもの。
でも、今も青々とした葉が茂り、秋には見事な紅葉を見せます。
復活の象徴とも言われるこの大いちょう、戦火の傷跡を物ともしない勇姿をとくとご覧あれ!
なかなかに風情のある太鼓橋
拝殿内にある社号額。
なんでも明治初期に有栖川宮熾仁親王が揮毫したとの言い伝えがあるみたいです。
雅楽の音色で辺りが一気に厳かな雰囲気に、、
笙の音色をこれだけ間近で聞いたのは初めてです。
ほんとうに素敵な神社でした。
娘夫婦が引き合わせてくれたこの神社とのご縁に感謝しかありません。
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