本題とは関係ないのですが、、
ちょくちょくお参りに行く、築地本願寺さんの動物です^ ^
今回はこのブログの続きです。
ジャンム駅のプラットフォームにあるベンチで寝ることにした。野良犬に野良牛、結構いたが、他にもインド人が寝ていから大丈夫だろうと、ベンチに横になり一夜を明かした。荷物が少なく取られる心配がないのも有難い。ただ、目を覚ますと数頭の牛に取り囲まれていた。あたかも私の事が眼中に入っていないかの如くにである。
ジャンム駅に着いたのはインドに到着して1週間くらいが経ってからだろうか、訳も分からずカシミールに連行され、そのどうしようもない流れの中で、インドの日常に少しずつ慣れていった。その頃には多分すでに素焼きの器で飲む早朝の甘いチャイが既に日課になっていたと思う。どこでも街角にチャイ屋がいた。シナモンだか香辛料だかが入っている不思議な味のチャイとビディという細っこいタバコ、それが朝の定番となっていた。そういえば、インド人はマッチを器用に点ける。手のひらを丸めて風よけにし、その中でマッチを擦って火をつけるので、暴風下でもタバコに火を点ける事のできる猛者がいた。それを真似て練習したのだが、結局最後まで強風下でマッチに火を点ける事はできなかった。そんなたわい無い話を、このブログを書きながら思い出した。
そうこうするうちに、列車に乗り込む時間がやってきた。中にはすでに大勢の人が乗っている。始発だと思っていたが違っていたみたいだ。列車に乗り込み指定された席に行くと、すでにインド人が私の座席に座っている。その後に乗った寝台でも然り。必ず私の席に誰かが座っていて、毎回チケットを見せどいてもらう。その、ヨシモト新喜劇ばりのお約束的やりとりを、後には楽しむことになるのだが、最初はお怒り気味にインド人に話しかけていたと思う。
寝台列車であるが、何等かはわからないがベッドは3段、3人掛けの椅子が向かい合わさり構成される。ベッドの上2段は昼間は畳まれており、下段のベッドに腰かける。夜はどのタイミングでだか上段のベッドを出して就寝するのだが、たぶん何時に一斉にという感じではなかったと思う。ベッドはもちろん硬かったと思うが、睡眠で困ったことは思い出されない。若干二十歳の若造だから、ベッドで苦労することは無かったのだろう、今思えば、いつでもどこでもぐっすり眠れていたあの頃がとても懐かしい。
食事に関しては何も思い出されない。列車の中でもチャイを飲んでいたが、それはプラットフォームに来ていたチャイ屋から買っていたからだろう。飲み終えた素焼きの器は窓から捨てた。それにしても素焼きの器で飲むチャイは本当においしかった。インドのあの朝の喧騒の中で飲むチャイは静けさを生む。あの雰囲気はもう一度味わってみたいものだ。
そういえばインド人女性が被る性的暴行等がよく話題になるが、インド人のおばさん方はかなり強烈だったように思う(インドのおばさん)。なので陰惨な性的暴行が果たして本当なのか、疑問に思う事もしばしばである。もちろん本当の事だとは思うのだが、多分にカーストの序列によるものもあるのではないだろうか。誰かも書いていたと思うのだが、カースト序列の高い方が営む露店は、お客様が神様なのではなく店主が神様なので、お客を顎であしらう感じになる。私もそんな感じの店に出くわした事がある。インドを知る上でカーストへの理解は必要だとの認識だが、かなり複雑だと思われるので、まだ一切手をつけていない。
続く)
インドの乗合バスに座ってたら、後から入ってきたチョットだけ肥えた奥様に顎で場所空けろって目配せされたんです。
そしたら近くに座ってたインド人青年が、当たり前のように席から立ち上がって…。
それも足腰だけじゃなく胴回りも頑健そうなおばちゃん、「逆らえないなぁ…」っていう感じで…。
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