<みんなで揃って朝の散歩:レストランへ>
ロッキー山脈紀行(13):第3日目(1):美味しい朝食
(アルパインツアー)
2010年8月19日(木)~28日(土)
第3日目:2010年8月21日(土)
<第3日目の行程>
朝,専用車で約2時間,アメリカで一番最初に世界遺産に指定されたメサベルデ国立公園へ.
その後,金鉱の町シルバートンを見学する.
リッジウェー泊
<ザパコサロッジの朝>
■相変わらず時差ボケ
相変わらず時差の影響が残っている.昨夜も無理矢理眠ろうとするが,どうしても眠れない.少しウトウトしたかと思うと,また目が覚めてしまう.ウトウトしている間に,いろいろと珍妙な夢を見る.平素は夜中にトイレに立つことは殆どないが,時差ボケの夜は,何回もトイレに行く.そんな長い時間をジリジリと過ごしている内に6時になる.枕元の電話が突然鳴り響く.モーニングコールである.
寝不足で体調はパッとしないが,のそのそと起床する.
<朝のザパゴサロッジ>
■すがすがしい朝
朝食は,ホテル近くのレストランまで散策して,皆で一緒に食べることになっている.部屋にいても仕方がないので,早めに,ホテルの外へ出てみる.
昨夜遅くホテルに到着したので,今朝初めて外から自分が宿泊しているホテルを眺める.なかなか立派な外観のホテルである.辺りは広々とした原っぱになっている.
6時45分,東の空から朝日が昇る.芝生の上に私の長い陰が伸びている.
<近くのレストランで朝食>
■レストラン「カフェコロラド」
6時55分,現地ガイドのネイトさん,ジョシュさんを先頭に,ホテルの前の路を西に向かって歩き出す.冷涼な大気,少々寒いが実に心地よい.
6時59分,レストラン「カフェコロラド(Café Colorado)」に到着する.明るい店内には客席が20席ほどある.
■メニューを相談するスタッフ
例によって,ネイトさんが,一寸英語訛りの流ちょうな日本語で,今日のメニューを幾つか挙げ,それぞれが,何にするかを決めさせる.ご苦労なことである.
私が選んだのは,まずはオレンジジュース.そしてナントカという卵とチーズを挟んだバーガー.大きなお皿に,何と言うのだろうか,粗挽きのポテトスマッシュ風で焦げ目が付いたものとバーガーが乗っている.田舎育ちの私には,ハイカラな食べ物の名前が分からない.
■美味しいバーガー
乏しい経験だが,どこの国へ行っても,オレンジジュースは同じ味なので安心してオーダーすることができる.余談になるが,昨年,ツブカル山へ登ったときに味わった絞りたてのオレンジジュースは実に美味しかったな~ぁ・・・
私はマクドナルドのバーガーが結構好きである.日本でもときどきマクドナルドを訪れ,フィレオフィッシュを好んで食べている.
ここカフェコロラドのバーガーも,パンにモチモチ感があって,とても口当たりが良い.私には絶妙な味のように思える.ガイドが工夫してくれたのか量もそれほど多くないので気が楽である.
この店は,どうやら評判がよいらしくて,次から次へと来客がある.狭い店内は満席に近い状態が続く.
<いよいよ出発>
■色鮮やかな風船
8時05分,食事を終えてカフェコロラドを出る.
雲一つない澄み切った青空が一層明るく輝いている.青空の真ん中に,大きな風船が浮かんでいる.風が全くないので,微動もせずに浮かんでいる.風船には交通信号を連想させるような赤,黄,青の縞模様が床屋の看板風に鮮やかである.
一同立ち止まって,風船を見上げる.カメラを持っている仲間は,一斉に風船の写真を撮る.風船に広告が付いているわけでもなさそうである.
「・・この風船.何のために揚げているんだろう・・」
私は,ふと不思議に思うが,まあ,どうでもいいや・・で,考えないことにする.
■メサベルデ国立公園を目指して
朝食を終えて,8時13分にホテルの自分の部屋へ戻る.トイレを済ませ,枕銭1ドルを忘れていないか,部屋に忘れ物はないかをチェックして部屋を出る.
8時18分にホテルをチェックアウトする.
8時30分,例によって,私たちは2台の専用車に分乗して,ザパコサロッジを出発する.
これから,私たちはルート160号線に沿って,一路西へ向けて,約2時間,メサベルデ国立公園へ向かう予定である.
(つづく)
「ロッキー山脈紀行」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/b79cf8f3f7bdf8a9cdec5125b1c5a197
「ロッキー山脈紀行」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/064a27cd1126b83457a8285761c4b318
[編集後記]
2010年9月7日(火)
ロッキー山脈ツアーでご一緒したS夫妻から写真が送られてくる.手紙には,現地で私がほんの一寸披露した山の歩き方を,実際に木曽駒ヶ岳で実践したところ,これまでよりも楽に登れたと書いてある.こんな便りほど嬉しいことはない.
今回の旅では,参加者15名の内,肝心のエルバート山登頂で,4名もの方が途中でリタイアした.僭越な言い分で恐縮だが,もし何時も私が実践している「がんばらない登山」に徹して,ユックリとしたペースで登っていれば,多分,全員が登頂できたのではないかと残念でならない.
数日前にも,エルバート山では途中でリタイアしたものの,グレイスピークとトレイズピークには,私と一緒にユックリペースで登って,山頂を極めた川崎のYさんから,お礼の手紙を頂戴している.
エルバート山登頂の折に,始めの頃,私は後方を歩いていたが,途中から,だんだんと私の後ろに下がる人が増え,何時の間にか先頭グループになっていた.結局は先頭グループの4人が,他の人よりかなり早く山頂に到着していた.このとき,後ろで4人ものリタイア組が居たとは全く知らなかった.こんなことになるのなら,私も後ろの組に入って,ユックリペースで先導すれば良かったのにと,後から歯ぎしりするほど悔しい思いをしている.
とはいえ,私は一介の参加者に過ぎない.そんなことをしたら,僭越行為になることは重々承知している,でも,でも,である.仮にリタイアするにしても,当のリタイアする人が,
「自分としても最善を尽くした.それでも限界なので,リタイアするのもやむを得ない・・」
と,納得できるまで,主宰者も努力すべきではないか・・・っていうのが私の感想である.
2010年9月8日(水)
台風9号が近付いている9日.私は1週間ぶりに丹沢塔ノ岳へ出掛けた.ところが,前日の天気予報よりもかなり早く天候が悪化したために,登山口の大倉からほんの1時間弱登ったところで登山を中止.「桑原,桑原,・・」で引き返した.
その後,静岡,小田原方面の記録的な集中豪雨には,ただ,ただ,驚くばかり.
「早々と逃げ帰ったのは,まあ,良かったが,大体,こんな日に山に出掛けようと思うこと自体がどうかしているぞ・・」
と,心の中にいるもう一人の私が,頻りに私を責める.
「ごもっとも,ごもっとも,・・お前の言うとおりだよ.これからは,もっと慎重になるよ・・」
と反省すること頻りである.
<同行者の何人かから,礼状,本,お菓子などを頂戴する.嬉しいことである>
※まだ,私から礼状が書けないでいる方も多い.ご容赦!
2010年9月9日(木)
台風一過の秋晴れとはならないが,台風のお陰で,連日の酷暑が嘘のように,涼しくなった.
午前中,私は今週末に出掛ける中山道中六十九宿巡りの下準備を始める.そして,これまで頂戴した手紙への返信を書き始めるが,なかなか煩わしくて書けない.手紙を頂戴するのは大変嬉しいが,お返事を認めるのが,私には大変な負担になってしまう.
「困ったな・・・早く返事をしたためなければ・・・」
と思いつつも一日,二日と延び延びになる.本当につらいが,どうにもならない.
それに,多くの方々から携帯メールが届く.すぐに返信をしなければならないが,これまた対応しきれない.やむなく2~3便を纏めて,そそくさと返信をする.
息子から時ならぬメールが届く.敬老の日に一族郎党集まって食事会をしようという提案である.有り難いが,なかなかスケジュールが合わない.
高校同窓会から散策の会の誘いの手紙が届く.これにも返事が必要である.
某美術家協会から作品研究会の開催案内が届く.これには2枚ほどの水彩画を出したいと思っている.早速,制作に取りかからねば・・
そういえば,1週間ほど前に連絡があった「鎌っこ倉ぶ」の例会への出欠の返事もまだ出していない.
もうそろそろ保険期間が切れる山岳保険の送金もしなければならない.
「あ~ぁ・・・やることが多すぎるな・・」
そこで,私の“座右の銘”,
「明日やればいいことは,今日やらない・・」
を実践しようと思う.
まあ,そんなわけで,もし私に手紙を出したにもかかわらず,一向に私からの返事がないなと怒って居られる方,このブログに書いたような次第で,返信の方は,今暫くご容赦いただきたい.あるいは,返信は省略させていただいたものと,ご理解願えれば幸いである.
暑い最中は姿を見せなかった隣家の三毛ネコが,今日は軒下の定位置で香箱を作っている.今日はネコも気分が良いのかな.
涼しくなるのは有り難いが,釣瓶落としに日が短くなる今日この頃,一抹の寂しさを感じている.
午後,山岳保険の保険料送金のために,近くの郵便局へ出掛ける.送金を終えて帰りしなに局員に呼び止められる.
「あの~ォ・・・宜しかったら年賀状の予約をお願いします・・」
と言いながら,予約用紙を手渡される.私は,
「えっ・・! もう年賀状ですか!」
とビックリ.“光陰矢の如し”を実感した今日一日である.
<隣家の物置の上で昼寝する三毛ネコ>
↓
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<自宅の屋根に戻って,私を気にしている>
(ぼやき終わり)
ロッキー山脈紀行(13):第3日目(1):美味しい朝食
(アルパインツアー)
2010年8月19日(木)~28日(土)
第3日目:2010年8月21日(土)
<第3日目の行程>
朝,専用車で約2時間,アメリカで一番最初に世界遺産に指定されたメサベルデ国立公園へ.
その後,金鉱の町シルバートンを見学する.
リッジウェー泊
<ザパコサロッジの朝>
■相変わらず時差ボケ
相変わらず時差の影響が残っている.昨夜も無理矢理眠ろうとするが,どうしても眠れない.少しウトウトしたかと思うと,また目が覚めてしまう.ウトウトしている間に,いろいろと珍妙な夢を見る.平素は夜中にトイレに立つことは殆どないが,時差ボケの夜は,何回もトイレに行く.そんな長い時間をジリジリと過ごしている内に6時になる.枕元の電話が突然鳴り響く.モーニングコールである.
寝不足で体調はパッとしないが,のそのそと起床する.
<朝のザパゴサロッジ>
■すがすがしい朝
朝食は,ホテル近くのレストランまで散策して,皆で一緒に食べることになっている.部屋にいても仕方がないので,早めに,ホテルの外へ出てみる.
昨夜遅くホテルに到着したので,今朝初めて外から自分が宿泊しているホテルを眺める.なかなか立派な外観のホテルである.辺りは広々とした原っぱになっている.
6時45分,東の空から朝日が昇る.芝生の上に私の長い陰が伸びている.
<近くのレストランで朝食>
■レストラン「カフェコロラド」
6時55分,現地ガイドのネイトさん,ジョシュさんを先頭に,ホテルの前の路を西に向かって歩き出す.冷涼な大気,少々寒いが実に心地よい.
6時59分,レストラン「カフェコロラド(Café Colorado)」に到着する.明るい店内には客席が20席ほどある.
■メニューを相談するスタッフ
例によって,ネイトさんが,一寸英語訛りの流ちょうな日本語で,今日のメニューを幾つか挙げ,それぞれが,何にするかを決めさせる.ご苦労なことである.
私が選んだのは,まずはオレンジジュース.そしてナントカという卵とチーズを挟んだバーガー.大きなお皿に,何と言うのだろうか,粗挽きのポテトスマッシュ風で焦げ目が付いたものとバーガーが乗っている.田舎育ちの私には,ハイカラな食べ物の名前が分からない.
■美味しいバーガー
乏しい経験だが,どこの国へ行っても,オレンジジュースは同じ味なので安心してオーダーすることができる.余談になるが,昨年,ツブカル山へ登ったときに味わった絞りたてのオレンジジュースは実に美味しかったな~ぁ・・・
私はマクドナルドのバーガーが結構好きである.日本でもときどきマクドナルドを訪れ,フィレオフィッシュを好んで食べている.
ここカフェコロラドのバーガーも,パンにモチモチ感があって,とても口当たりが良い.私には絶妙な味のように思える.ガイドが工夫してくれたのか量もそれほど多くないので気が楽である.
この店は,どうやら評判がよいらしくて,次から次へと来客がある.狭い店内は満席に近い状態が続く.
<いよいよ出発>
■色鮮やかな風船
8時05分,食事を終えてカフェコロラドを出る.
雲一つない澄み切った青空が一層明るく輝いている.青空の真ん中に,大きな風船が浮かんでいる.風が全くないので,微動もせずに浮かんでいる.風船には交通信号を連想させるような赤,黄,青の縞模様が床屋の看板風に鮮やかである.
一同立ち止まって,風船を見上げる.カメラを持っている仲間は,一斉に風船の写真を撮る.風船に広告が付いているわけでもなさそうである.
「・・この風船.何のために揚げているんだろう・・」
私は,ふと不思議に思うが,まあ,どうでもいいや・・で,考えないことにする.
■メサベルデ国立公園を目指して
朝食を終えて,8時13分にホテルの自分の部屋へ戻る.トイレを済ませ,枕銭1ドルを忘れていないか,部屋に忘れ物はないかをチェックして部屋を出る.
8時18分にホテルをチェックアウトする.
8時30分,例によって,私たちは2台の専用車に分乗して,ザパコサロッジを出発する.
これから,私たちはルート160号線に沿って,一路西へ向けて,約2時間,メサベルデ国立公園へ向かう予定である.
(つづく)
「ロッキー山脈紀行」の前回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/b79cf8f3f7bdf8a9cdec5125b1c5a197
「ロッキー山脈紀行」の次回の記事
http://blog.goo.ne.jp/flower-hill_2005/e/064a27cd1126b83457a8285761c4b318
[編集後記]
2010年9月7日(火)
ロッキー山脈ツアーでご一緒したS夫妻から写真が送られてくる.手紙には,現地で私がほんの一寸披露した山の歩き方を,実際に木曽駒ヶ岳で実践したところ,これまでよりも楽に登れたと書いてある.こんな便りほど嬉しいことはない.
今回の旅では,参加者15名の内,肝心のエルバート山登頂で,4名もの方が途中でリタイアした.僭越な言い分で恐縮だが,もし何時も私が実践している「がんばらない登山」に徹して,ユックリとしたペースで登っていれば,多分,全員が登頂できたのではないかと残念でならない.
数日前にも,エルバート山では途中でリタイアしたものの,グレイスピークとトレイズピークには,私と一緒にユックリペースで登って,山頂を極めた川崎のYさんから,お礼の手紙を頂戴している.
エルバート山登頂の折に,始めの頃,私は後方を歩いていたが,途中から,だんだんと私の後ろに下がる人が増え,何時の間にか先頭グループになっていた.結局は先頭グループの4人が,他の人よりかなり早く山頂に到着していた.このとき,後ろで4人ものリタイア組が居たとは全く知らなかった.こんなことになるのなら,私も後ろの組に入って,ユックリペースで先導すれば良かったのにと,後から歯ぎしりするほど悔しい思いをしている.
とはいえ,私は一介の参加者に過ぎない.そんなことをしたら,僭越行為になることは重々承知している,でも,でも,である.仮にリタイアするにしても,当のリタイアする人が,
「自分としても最善を尽くした.それでも限界なので,リタイアするのもやむを得ない・・」
と,納得できるまで,主宰者も努力すべきではないか・・・っていうのが私の感想である.
2010年9月8日(水)
台風9号が近付いている9日.私は1週間ぶりに丹沢塔ノ岳へ出掛けた.ところが,前日の天気予報よりもかなり早く天候が悪化したために,登山口の大倉からほんの1時間弱登ったところで登山を中止.「桑原,桑原,・・」で引き返した.
その後,静岡,小田原方面の記録的な集中豪雨には,ただ,ただ,驚くばかり.
「早々と逃げ帰ったのは,まあ,良かったが,大体,こんな日に山に出掛けようと思うこと自体がどうかしているぞ・・」
と,心の中にいるもう一人の私が,頻りに私を責める.
「ごもっとも,ごもっとも,・・お前の言うとおりだよ.これからは,もっと慎重になるよ・・」
と反省すること頻りである.
<同行者の何人かから,礼状,本,お菓子などを頂戴する.嬉しいことである>
※まだ,私から礼状が書けないでいる方も多い.ご容赦!
2010年9月9日(木)
台風一過の秋晴れとはならないが,台風のお陰で,連日の酷暑が嘘のように,涼しくなった.
午前中,私は今週末に出掛ける中山道中六十九宿巡りの下準備を始める.そして,これまで頂戴した手紙への返信を書き始めるが,なかなか煩わしくて書けない.手紙を頂戴するのは大変嬉しいが,お返事を認めるのが,私には大変な負担になってしまう.
「困ったな・・・早く返事をしたためなければ・・・」
と思いつつも一日,二日と延び延びになる.本当につらいが,どうにもならない.
それに,多くの方々から携帯メールが届く.すぐに返信をしなければならないが,これまた対応しきれない.やむなく2~3便を纏めて,そそくさと返信をする.
息子から時ならぬメールが届く.敬老の日に一族郎党集まって食事会をしようという提案である.有り難いが,なかなかスケジュールが合わない.
高校同窓会から散策の会の誘いの手紙が届く.これにも返事が必要である.
某美術家協会から作品研究会の開催案内が届く.これには2枚ほどの水彩画を出したいと思っている.早速,制作に取りかからねば・・
そういえば,1週間ほど前に連絡があった「鎌っこ倉ぶ」の例会への出欠の返事もまだ出していない.
もうそろそろ保険期間が切れる山岳保険の送金もしなければならない.
「あ~ぁ・・・やることが多すぎるな・・」
そこで,私の“座右の銘”,
「明日やればいいことは,今日やらない・・」
を実践しようと思う.
まあ,そんなわけで,もし私に手紙を出したにもかかわらず,一向に私からの返事がないなと怒って居られる方,このブログに書いたような次第で,返信の方は,今暫くご容赦いただきたい.あるいは,返信は省略させていただいたものと,ご理解願えれば幸いである.
暑い最中は姿を見せなかった隣家の三毛ネコが,今日は軒下の定位置で香箱を作っている.今日はネコも気分が良いのかな.
涼しくなるのは有り難いが,釣瓶落としに日が短くなる今日この頃,一抹の寂しさを感じている.
午後,山岳保険の保険料送金のために,近くの郵便局へ出掛ける.送金を終えて帰りしなに局員に呼び止められる.
「あの~ォ・・・宜しかったら年賀状の予約をお願いします・・」
と言いながら,予約用紙を手渡される.私は,
「えっ・・! もう年賀状ですか!」
とビックリ.“光陰矢の如し”を実感した今日一日である.
<隣家の物置の上で昼寝する三毛ネコ>
↓
拡 大
<自宅の屋根に戻って,私を気にしている>
(ぼやき終わり)