現代人の多くが孤独や人間関係のわずらわしさに悩まされていますが、イスラームの最も素晴らしい恩恵の一つは、人と人のあいだに強く、暖かく豊かで、継続性のある愛と兄弟関係を生みしていることです。
イスラーム勉強会に参加した、あるノンムスリマの方は、それを、心地良いゆるいつながり、と呼んで、うらやましいと仰っていました。必要なときには何となくいてくれて助けてくれる関係。これは、イスラームに、アッラーだけを唯一の神と信じて、兄弟関係を支え、強くするような 行動のお手本や規範が、しっかりあるためです。
ひとつ有名な例を挙げると、1400年以上前の預言者ムハンマドさま(彼に平安と祝福がありますように)の時代のことです。ある男が預言者ムハンマドさま(彼に平安と祝福がありますように)のところに貧困を訴えて来た時、預言者さま(彼に平安と祝福がありますように)は自分の家に連れて行きましたが、ご自分の家には何も食べるものがありませんでした。
そこで、サハーバたち(アッラーのご満悦あれ)に、「私の客をもてなす者はいますか?」と尋ねると、一人が手をあげ、自分の家にその男を連れ帰りました。
彼にとってその男は、そのときに始めて会ったムスリム兄弟です。
奥さんに食べ物を出すように言うと、自分たちが食べるものは何もなく、ただ子供たちのほんのわずかな食べ物があるだけだと言います。
そこで、彼は、自分たちは一口も食べず、その男には、自分たちも一緒に食事を取っていると思わせるために、部屋の明かりを消して真っ暗にした上で、唯一あったその食べ物を客に振舞いました。
翌朝、彼らの行いに対して、アッラーがお喜びになられて、彼らをお褒めになるクルアーンが下り、預言者さま(彼に平安と祝福がありますように)は、お読みになられました。
【心の中で欲しがることもなく、自分自身に先んじて(他に)与える。たとえ自分は困窮していても。また自分の貪欲を抑えた者たち。これらの者こそ至福を成就する者である。】クルアーン 集合章9節:日訳p689
イスラームにおいては、こうした自分よりも優先して、信仰上の兄弟に与えることが美徳とされ、兄弟関係の礼儀、振る舞い、の基本になっています。
こういった振る舞いは、神の存在を信じていなければ、とても難しいものになってしまうかもしれません。でも、お互いが神を目標にすれば、イスラームの美徳、「利他主義」という、自分よりも他を優先する、ということが可能になります。ですから、信仰でつながっている人間関係というのは、心から安心できるかけがえのないつながりになるのです。
→ 次回に続く、インシャアッラー 人間関係②
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