ふうちゃんのお城ブログ

お城巡りについての記録、城郭検定試験の体験談

第28回ふうちゃんのお城ブログ 横須賀城

2021-10-26 09:55:23 | 城郭検定

横須賀城

横須賀城は、日本百名城でも続日本百名城でもありません。

城郭検定ための過程で過程で知りました。その内容は次のようなものです。

横須賀というと神奈川県の横須賀市(小泉純一郎さん・進次郎さんの出身地)を

思い浮かべる人がほとんどだと思いいます。

しかし、横須賀城は静岡県掛川市にあります。

「高天神を制する者は遠州を制する」といわれるように、

武田家と徳川家で高天神城をめぐって攻防戦が繰り返されていました。

あの武田信玄でさえ高天神城を落とすことができなかったのです。

武田家に奪われていた高天神城を取り戻すための中継地とし

天正6年(1578)徳川家康が大須賀康高に命じて横須賀城を築かせました。

横須賀城縄張り図

天守もあったようですが、

この城の特徴は玉石で築かれた石垣です。

近くの大井川や天竜川から玉石を運んできて積み上げたといいます。

なかなか見事に積み上げてあります。

他の城では目にすることはありません。

家康はこの城のお陰で高天神城を奪還することができました。

石垣から飾りが出ています。

この城跡を利用して芸術家がイベントをするということです。

その準備をしているということでした。

イベントのために城跡の草刈りをしたので、

城の様子を十分に味わうことができました。

 


第27回ふうちゃんのお城ブログ 掛川城ー3回目の訪問で新たな発見ー

2021-10-22 21:22:19 | 日本百名城

掛川城へ3回目の訪問

新たな発見・大手門

3回目の訪問で初めて目にする掛川城の大手門です。

新幹線で行くと、大手門は駅から城への

直線コースに入っていないので

見落としていたことに気付きました。

平成7年に復元された

間口7間(約12.7m)奥行3間(約5.4m)

2階建の櫓門です。

門の奥に見える建物は番所です。

今まで訪ねたことのあるお城でも、また行くと新たな発見があります。

これがお城を訪ねる楽しみの一つです。

 

さらに新たな発見

天守に行く道に戻って天守を眺めると、

また、新たな発見です。

左側が天守、右に見えるのは太鼓櫓です。

今まで訪れたときを思い出しても太鼓櫓の記憶がありません。

城郭検定の勉強するまで、

掛川城の太鼓櫓が、現存の太鼓櫓であることを知りませんでした。

これまで掛川城に来ても、太鼓櫓のことはあまり眼中になかったのだと思います。

また、他のお城で現存の太鼓櫓があるのは、

姫路城だけらしいことを最近知りました。

非常に貴重な掛川城の太鼓櫓なのです。

太鼓櫓は、その中に太鼓があって時を知らせたと言います。

御殿の中に、こんな資料が太鼓と共に掲示されていました。

 

掛川城と高知城の天守の類似点

山内一豊が最初に手掛けたお城は、掛川城です。

高知に行って、掛川城を参考にして高知城を建てたと言います。

そして、掛川城の天守を再建するときには、

高知城を参考にしたといいます。

高知城の天守の特色として

廻縁の高欄に擬宝珠がある。

鉄剣の忍び返しがある。

どちらもとても珍しいといわれています。

高知城擬宝珠                   

高知城鉄剣の忍び返し

その2つが掛川城にもありました。

掛川城の擬宝珠

掛川城の鉄剣の忍び返し

掛川城擬宝珠

これらによりお互いの関係がわかってきます。

現存掛川城の御殿

現存する御殿は4つしかありません。

二条城、川越城、高知城、そして掛川城です。

御殿は、藩主が公務をしたり、私生活を送る場です。

掛川城に来る人の多くは、天守を見て満足して帰る人が多いそうです。

しかし、天守は平成6年の復元、

御殿は安政2(1855)年から文久元(1861)に

造られたものが現存しており、

国の重要文化財に指定されています。

御殿の方が文化財としての価値は高いと言えます。

掛川城を訪れる際には、天守と共に御殿も訪ねてほしいです。

 


第19回城郭検定ー傾向と対策ーその4ー忘備録より2(第26回ふうちゃんのお城ブログ)

2021-10-15 06:11:41 | 城郭検定

11月14日(日)第19回城郭検定を目指すみなさん準備は進んでいますか。

また、城郭検定傾向と対策に戻ります。

今回はわたしの失敗談です。

思いついくままに(本当にメモ用紙代わりに)

わたしの忘備録のある頁です。

土塁の図 褶と敷

壁の作り方 荒壁 漆喰 真壁造り 大壁造り

松阪城

雑然とメモってあります。

順序性なし。

頁の空白があるところに後から全く別の内容をメモったものもあります。

ここの松阪城がそれにあたります。

松ヶ島城が松阪城となり、蒲生氏郷が城主になったことをメモしたものと思われます。

 

思いつくままにメモするのがわたしの流儀で

これが記憶に結びつけば最高なのですが、

失敗もあります。

このメモを書いた後受けた

第12回2級で次の2問が出題されました。

第12回問059

近世城郭の土塁の上辺を何と呼ぶか

1 法

2 犬走り

3 雁木

4 褶(ひらみ)

第12回問064

近世城郭の土塁の底辺は何と呼ぶか

1 敷

2 武者走り

3 合坂

4 馬踏

土塁の名称を

事前にノートにメモしておいたにもかからず2問とも

不正解でした。

正解は 問059 上辺は 4褶(ひらみ)

    問064 下辺は 1敷(しき)

試験中にこのメモのことを全く思い出せませんでした。

試験の失敗を通して、褶と敷をパーフェクトの理解することが出来ました。

人間は失敗から学びます。

でも、褶と敷このノートの14ページ先にまた登場しています。

きっと、上記の一回の失敗からだけでは覚えきれなかったのでしょう。

何回も何回も繰り返し、繰り返し書いて覚えようとしたのですね。

なお、上記の問題の誤答についてふれておきます。

雁木は塁上を昇り降りするための坂の石段ことです。

合坂 雁木(石段)を向かい合うように配置する場合を合坂と呼ぶ。

は土塁の側面       

武者走り(上図参照)

馬踏みは褶と同意

 

なぜ、おもいつくままにノートを書くのか

作家が作品の構想を立てるのに2つの型があるといいます。

内田康夫型

新田次郎型

内田康夫は思いつくまま書き出す。書きながら終末に至る。

推理小説の犯人が初めから決まってないこもあったといいます。

新田次郎は緻密な構想とメモを作る。

作品の初めから終末に至るまでの道筋がきちんと決まっている。

わたしは、内田康夫型です。

ワープロ、コンピュータとの出会いがわたしの執筆活動が非常に楽になったと記憶しています。

お城と直接関係ありませんが、

「個性を生かす一斉指導をどう進めるか-学習問題をもって追究する子どもの育成-]

「子どもが動く教材を研究・開発するか-教材ウオッチング-」等の

著作を東洋館出版社から出すことができたのは、今はなきキャノワード(ワープロ)のお陰です。

 

 

 


第25回ふうちゃんのお城ブログ 城めぐり再開(小机城へ)

2021-10-10 13:11:15 | 続日本百名城

城郭ウオッチング再開

10月9日(土)コロナ禍で自粛を迫られていた城めぐり(城郭ウオッチング)

を再開することが出来ました。

訪れたのは、我が家から至近距離にある小机城(続日本百名城)です。

JR横浜線小机駅から見える全景です。

 

駅の改札口を出ると案内の地図を目にすることができます。

この地図をスマホで写真に撮っておくと便利です。

数多く城を訪ねていると気付くことですが、

最寄り駅に案内の地図があるところばかりではありません。

本当にここに城があるのかと不安になることがありました。

さすが横浜市という感じです。(予算があるのでしょう。)

案内地図に出ている、駅近くの小机地区センター1階に、

続百名城スタンプが置いてあります。

横浜上道路道路の小机辻の信号を右折すると、

すぐ普通の道に入ります。

太田道灌の頃は、ここの裏山が小机城ではなかったかと言われる金剛寺

の前を通りすぎ、JR横浜線の踏切を渡り少し行って左折して細い道へ、

突き当たりの近くを右折すると、小机城への登山口につきます。

竹林の中の土塁と空堀

土橋

を越えると、復元された冠木門に着きます。本丸到着です。

何とここにネットが張ってあり、くぐることが出来ませんでした。

お城のウォッチング者としては、思うところがあります。

横に行くと小机城址の碑が立っています。

冠木門にネットを張って、

何が本丸で展開されていたのでしょうか。

少年野球の練習です。

子どもたちは、保護者に見守られながら、楽しくプレイしています。

「そうだ」

ここは小机城市民の森なのです。

公共の広場とも考えられます。

周囲は坂が多い住宅地で

平らで広い野球の出来るような所はなさそうです。

 

さて、ここは、かって、様々な歴史の舞台でした。

かつて太田道灌は豊島泰経を撃ち豊島氏を滅ぼしました。

御館の乱で上杉景勝に撃たれた長尾景虎(三郎)は、

越後へ向かう前に、好きな人と幸せな2か月を過ごしました。

ここ小机城に登場した歴史上の人物たち。

太田道灌

豊島泰経

長尾三郎景虎(北条氏康の七男)

北条幻庵(早雲の弟)

などが、今ここで、少年たちが野球の練習をしている姿を見たら・・・・・。

そんなことを想像して、ひとときをすごしました。

楽しい城郭ウオッチング再開でした。


第19回城郭検定ー傾向と対策ーその3  忘備録より(第24回ふうちゃんのお城ブログ)

2021-10-09 17:48:25 | 城郭検定

今までの振り返り 

11月14日(日)の第19回城郭検定を目指して学習している方々対象に傾向と対策を語ってきました。

その1では、「日本城郭検定公式問題集 日本百名城編」を活用し、問題と答えを暗記するくらい学習する。

その際、解説で、答えやその背景を理解する。誤答についても知識として理解しておく。

後に発売された「過去問題集」には、答えについての解説がないので、参考書やインターネットを使って、なぜ、その答えなのかを理解する。

自分で解説を作るような心がけで臨むとよい。

その2では、1過去問分析お城 2過去問分析重要語句 3城郭検定で出題された数字

の3部作の三部作をパソコンで作成する。

最近の城に関する情報の収集 インターネット「城びと」の掲載されているレポート 特に加藤理文の投稿は要注意。

2冊の忘備録

ところで、以上のような学習を進めるに当たっては、ノートを活用しました。

それが下の写真です。

2018.4.20から使い出していますので、

2018.6.10に2・3級の試験のおよそ2ヶ月前ということになります。

なぜ、ノートか。

わたしの小学校、中学校、高校には、紙に書いて覚える、暗記するという

学習方法をとっていました。

折り込みの新聞広告の裏なども使った記憶があります。

およそ、この忘備録は100ページになります。

では、初めのページ何が書かれているのでしょうか。

縄張りです。

梯郭式 弘前城 岡山城 萩城 大分府内城

輪郭式 駿府城 米沢城 高田城 山形城 二条城

連郭式 水戸城 盛岡城 彦根城 丸岡城 

渦郭式 江戸城 姫路城 丸亀城

絵を書いて、どの城がどの縄張りなのか覚えようとしています。

しかし、これは、なかなかこの年になると記憶力の衰えとの戦いです。

今でも苦労しています。

これから、このノートに出てくる事項について、過去問とからませながら

折に触れて、述べていきたいと思っています。

次のページは、天守の形式(構成)と型です。

縄張りと天守の構成が頭の中でごちゃごちゃになり確信が持てないこともあります。

永遠の戦いなのかもしれません。