『子供たちにとっての本当の教科書とは何か』 ★学習探偵団の挑戦★

生きているとは学んでいること、環覚と学体力を育てることの大切さ、「今様寺子屋」を実践、フォアグラ受験塾の弊害

発想の転換が可能性を開く⑭

2018年05月26日 | 学ぶ

「夜と霧」の向こうに見えるもの
 先々週、筑摩書房の「高校生のための文章読本」について触れました。「モーパッサンが師匠フローベールから受けたアドバイス」を読んで、子どもたちの『環覚』を育てるための「ものの見方」の参考にしてほしい、という思いでした。「高校生~」では、この後に開高健の文章が掲載されています。その一節です。
 

 「・・・・・・おいでなさい。」
 案内のスラヴ顔のおばさんが岸辺におりてゆくのでついてゆくと、彼女は水のなかをだまって指さした。水はにごって黄いろく、底は見透かすすべもないが、日光の射している部分は水底がいちめんに貝ガラをちりばめたように真っ白になり、それが冬陽のなかでキラキラ輝いていた。(前記書 p6 「“夜と霧”の爪痕を行く」より) 
 

 この部分だけを読むと、顔見知りになったやさしいおばさんに、一般にはあまり知られていない「絶景スポット」でも紹介されたのかな、と想像する人がいるかも知れません。そうではありません。
 
 いうまでもなかった。その白いものはすべて人間の骨の破片であった。ほかの焼却穴はすべて埋められ、あたりは草むらとなって、何食わぬ顔で日光をうけていたが、その草むらの土を靴先でほじると、たちまち骨の破片がぞくぞくあらわれてきた。目を近づけて見ると、ほとんど、骨のなかに土がまじっているというぐらいに骨片が散乱していた。(同書 p7)
 
 キラキラ輝いていた白いもの。それは、人間の骨でした。この文章は、『夜と霧(!)』の報告です。

 この文を読む人の中には、「『え~、いや~、こわい~』等と、口では云うものの、そのまま深く考えることなく過ぎてしまう、日々すぐ忘れてしまう感覚」があり、一方では、それとはまったく異なる「人間のこころの闇の深さに、背筋に冷たさを感じ、次を知りたい・もっと読んでみたい・はっきり確認したいと思う好奇心」があるはずです。
 その差が、前回のブログで取りあげたマクドナルド(メイヤー)が話題にしたイメージの奥行き、想像力の広がりの差です。「現実と『写真』の区別ができない―現実に鈍感で無感動、当然写真を見ての実感イメージはともなわない」、「原因と結果の関連が分からず、イメージできない」。「発砲したヤンキー」とメイヤーの感覚の大きな差です。
 子どもたちを指導するためのすべてのスタートはここからはじまります。「本がわかる子」と、「ただ字が読める!子」の大きなちがいもここがスタートです。「教師がこの差を認識しているかどうか」が小さい子を指導する際の大きなポイントになると考えます。

 現実を現実として感じ、捉え、その広がりのイメージを追いながら、対象を自分の視野のなかに取り込むことができるかどうか? ぼくはもちろん、知りあった限り「後者の反応を見せる子ども」に育ってほしい、そう指導したいと思っています。
 「水谷が被った捏造事件の犯人たち」のような「人の心がわからない」人間性や倫理観がそのまま「子どもたちの間にも広まってしまうこと」こそ、もっとも憂慮すべき事態です。感性の鈍麻と想像力の枯渇が、「潤いのない子どもたち」を、字は読めるが「本や心がわからない」子どもたちを育てます。子どもたちの思いやりや社会的責任を育てる土壌の「砂漠化」です

「変なおっさん」が、『夜と霧』を読んでみる
 最近ボクシングの村田選手をはじめとして、「夜と霧」(ビクトール・E・フランクル著 みすず書房)に感動したというようなエピソードをチラホラ眼にします。どの世界に限らず、一定の高みに至り、世の中や人生に対する視点が変わった人は、こういうテーマにも思いを馳せ、自らの糧とすることはもちろん、それによって日々、真摯に生きることを感じたり、考えたりする深さが大きくちがってくるのでしょう

 「夜と霧」は以前旧版で読みましたが改めて読みたくなりました。ドイツ語では荷が重いので、英語版“MAN’S SEARCH FOR MEANING”(VIKTOR E.FRANKL TRANSLATED BY ILSE LASCH BEACON PRESS,BOSTON)を読み始めています。
 このタイトルをそのまま邦訳すると、「人が生きる意味を求めて」とでもなるでしょうか、中でも次の引用は、ぼくたちが「たいせつなもの」を、毎日いかに「ロス」し続けているかを改めて知らしめてくれる一節です。
 フランクルは、強制収容所の中で、自分たちと同じ立場の被収容者から選ばれた監視者が、同輩である自分たちに日々SSや監視兵より手ひどい振る舞いをするような極限状態の、人間のやりとり、その行動を考えます。
 

 たとえ最大最悪の過酷な環境のもとにあっても、人が自らの運命や、そこで待ち受けるあらゆる苦難を受け入れ、それに耐え抜く生き方は、自らの人生をより深く、意味あるものにしてくれる。勇敢で、博愛精神にあふれ、尊敬に値する人生であるといえよう。
 一方には、自分を守るためだけの苦々しい戦いのなかで、人間としての尊厳さえ忘れ、獣に等しい存在になりはてる人がいるかもしれない。
 困難な状況にあるからこそ可能になる優れた倫理観を身につける機会を活かせるか、それとも無駄にしてしまうか、択一の機会がそこにある。その選択如何によって、「自らの苦悩」が「意味のあるもの」に昇華するかどうかが決まる。

 こうした考えを現実離れしたものであるとか、実人生とは無縁のものであるとか考えてはいけない。このような高い倫理基準を手にできるのはごく限られた人だけであるというのは疑いようのない事実である。収容者の中でも精神的自由を持ち続け自らの苦悩によってこうした倫理基準を獲得できた人は、ごく少ない。
 だが、そうした例が仮に一例でもあるとすれば、運命を乗り越え、自らを高邁な境地に導くことができる精神の強靱さを証明する証拠としては十分である。(前記書67~68p 拙訳)
 
 ぼくたちに迫り来る運命とその苦難には、自らを人間としてさらに高潔に、また人生をより意味あるものにするチャンスが潜んでいる。どんな苦難にも耐え、人としての高い倫理観を手にできる精神的強靱さは誰にもあるはずなのだが、一方では『獣に等しい存在』になりはてる「人たち」もいる。その彼我の差、その原因をフランクルは次のように挙げています。
 
 何も強制収容所に限らずどこでも、避けられぬ運命に出会い、自らの苦悩を通してたいせつなものを手に入れる機会は訪れる。
 ここでは病人の運命、特に回復の見込みのないひとりの青年の例をあげよう。
 私はかつて、病気になった青年が友人に宛てた手紙を読んだことがある。手紙の中で彼は自分がもう長くは生きられないだろうこと、手術をしても、もはや何の役にも立たないことを伝えていた。さらに青年は、かつて見た映画で、登場人物が勇敢に冷静に穏やかに死を迎えようとしていたことを思い出していた。そうした態度こそ、死に臨むにふさわしい尊敬すべき境地だと感動したようだ。彼は、今、自分にも同じような機会を運命が用意してくれたと綴っていた。(前記書 p68 拙訳)
 

 死ぬときのことなんか誰が分かるか、と鼻で笑う人がいるかも知れません。しかし、心底分からなくても考えることはできます。若い頃から、思考がその方向に向かうかどうかで、オンリーワンの人生が送れるかどうかが決まってくるような気がします。先の村田選手もそのことが、よくわかっているのでしょう。一流の選手は能力も感受性も素晴らしく、またそうでないと一流には上り詰めることができないだろうとぼくは想像しています。
 
 さて、次の拙訳個所の英語版原文です。
 Those of who saw the film called Resurrectionーtaken from by Tolstoyーyears ago, may have had similar thoughts. Here were great destinies and great men. For us, at that time, there was no great fate, there was no chance to achieve such greatness. After the picture we went to the nearest cafe, and over a cup of coffee and a sandwich We forgot the strange metaphysical thoughts which for one moment had crossed our minds. But when we ourselves were confronted with a great destiny and faced with the decision of meeting it with equal spiritual greatness, by then we had forgotten our youthful resolutions of long ago, and we failed.(前記書 p68)

 まず、世評の高いすばらしい翻訳、ドイツ語原本からの新版「夜と霧」(池田香代子訳 みすず書房)では、次のようになっています。
 
 またかなり以前、トルストイ原作の『復活』という映画があったが、わたしたちはこれを観て、同じような感慨をもたなかっただろうか。じつに偉大な運命だ、じつに偉大な人間たちだ。だが、わたしたちのようなとるに足りない者に、こんな偉大な運命は巡ってこない、だからこんな偉大な人間になれる好機も訪れない・・・・・・。そして映画が終わると、近くの自販機スタンドに行き、サンドイッチとコーヒーをとって、今しがた束の間意識をよぎったあやしげな形而上的想念を忘れたのだ。ところが、いざ偉大な運命の前に立たされ、決断を迫られ、内面の力だけで運命に立ち向かわされると、かつてたわむれに思い描いたことなどすっかり忘れて、諦めてしまう・・・・・・。(新版「夜と霧」池田香代子訳 みすず書房p115・下線背景色は南淵)
 

 この名訳に対する、英語原文からの「変なおっさん(つまり、ワシ)」の訳が下記です。ぼくの訳は英語版からですから、そもそも自らの訳を併置することなど、おこがましくも図々しい『戯言』に過ぎませんが、以前、徒然草の一節の解釈を提案(ブログ「立体授業『でっかい鯰釣り』のテキストと指導2」参照)したら、予想外に多数の方々に読んでもらえたようで(きっと、このおっさん、バッカじゃないの!という理由だったのでしょう、ハハ)、恐れ多くも、掲載しておきます。また『おっさん、バッカじゃないの』とお読みください。それでは、上記原文の拙訳です。

 何年か前に、トルストイの小説を脚色したその映画を見たことがある人たちのなかにも、同じような感慨をもった人はいたかも知れない。映画の中では、偉大な運命が描かれ、偉大な人たちがいた。だが、わたしたちはといえば、そのときは偉大な運命などさらさら縁がなく、そんな偉大さを自らのものとできる機会もまったくなかった。映画の後、最寄りの喫茶店に立ち寄り、サンドイッチをつまみコーヒーを飲みながら、映画を鑑賞した際に頭をよぎった、ふだん意識することのなかった、哲学的思念を忘れてしまったのだ。
 わたしたちは、若者と同じように崇高な精神とともに偉大な運命に臨み、自らの判断が問われる事態に直面することはあっても、それまでに、長い年月を経た若い頃の固い決意の数々などすっかり忘れてしまっているのだ、だからその出会いが実ることもなかった。(上記原文 拙訳・下線部分が、みすず書房版と対応)
 
 トルストイの「復活」という映画のことが話題になりましたが、フランクルが「夜と霧」を書くまでに、「復活」はたしか三・四回映画化されているので、文脈から、「青年が観た映画」と「フランクルたちが観た映画」は、同じ『復活』だと考える方がよいと思うのですが、いかがでしょうか。池田訳では青年の観た映画が『復活』だとはなっていませんが。いや池田訳では、文脈からも同一映画だと読み取ることはむずかしいと思います。

 また映画を見た後の、カフェも、これは「一番近いところ」ですから、やはり最寄りの「カフェ」に座ってのひとときと考える方が自然だと思います。下線部のstrangeは「怪しげな」ではなく、ふだんから『身近ではない、意識することがあまりない』という意味だろうと思いました。
 また、わたしたちが偉大な運命や偉大な人生に縁がないのは、わたしたちが「取るに足りない」からではなくて、「出会っても機会損失してしまっている(そのことに気をつけなければ、という主張)」という文脈で、これ以降も論理展開しています。そう解釈しないと、その前の次の意味が生きてきません。
 
 こうした考えを現実離れしたものであるとか、実人生とは無縁のものであるとか考えてはいけない。このような高い倫理基準を手にできるのはごく限られた人だけであるというのは疑いようのない事実である。収容者の中でも精神的自由を持ち続け自らの苦悩によってこうした倫理基準を獲得できた人は、ごく少ない。
 だが、そうした例が仮に一例でもあるとすれば、運命を乗り越え自らを高邁な境地に導くことができる精神の強靱さを証明する証拠としては十分である
。(前記書67~68p 拙訳)
 
 英訳の、この原文は次の通りです(前記英訳本 p67~68)
 Do not think that these considerations are unworldly and too far removed from real life. It is true that only a few people are capable of reaching such high moral standards. Of the prisoners only a few kept their full inner liberty and obtained those values which their suffering afforded, but even one such example is sufficient proof that man's inner strength may raise him above his outward fate.  
 みすず書房版でも、すぐ前のパラグラフで、人間の内面は外的な運命(?・?は南淵)より強靱であるという可能性に触れ、「それはなにも強制収容所にはかぎらない。人間はどこにいても運命と対峙させられ、ただもう苦しいという状況から精神的になにかをなしとげるかどうか、という決断を迫られるのだ。」とあります。
 
 次の原文を見てみましょう。
 Perhaps there came a day for some of us when we saw the same film, or a similar one. But by then other pictures may have simultaneously unrolled before one's inner eye; pictures of people who attained much more in their lives than a sentimental film could show. Some details of a particular man's inner greatness may have come to one's mind, like the story of the young woman whose death I witnessed in a concentration camp. it is a simple story. There is little to tell and it may sound as if I had invented it; but to me it seems like poem.(前記書 p68~69)

 おそらく、われわれはその後も同じ映画をもう一度見たり、類似の映画を見たこともあっただろう。だが、心の目に蘇るのは、そのときまでに見た、ほかの映画だったかも知れない。一篇の感傷的な映画が表現できるものよりも、日ごろの生活において、より実の多いものを手に入れることができた人々の映画だ。ひとりの選りすぐられた人間の偉大な精神性でわたしたちが心に浮かべるイメージに似ているところがあるのは、強制収容所で私がそのターミナルステージを眼にした若い女性の物語である。分かりやすい話、言葉を尽くす必要のない話で、私の作り話のように聞こえるかも知れない。だが、今も一編の詩のように私の心に残っている。(上記原文 拙訳)
 
 もちろん、みすず書房の訳は原本からで、ぼくの訳は英語版からです。重ねて、名訳なのはよく分かっていますが、「変なおっさん」が「めくら、蛇に怖じず」(「差別用語なんやかや」という、悪罵はやめましょうね)と蛮勇をふるって、そちらの池田訳も引用しておきます。同じパラグラフだと思われるところです。
 
 なかには、ふたたび映画館で似たり寄ったりの映画を目の当たりにする日を迎える人もいるだろう。そのとき、彼の中では記憶のフィルムが回りはじめ、その心の目は、感傷をこととする映画製作者が描きうるよりもはるかに偉大なことをその人生でなしとげた人びとの記憶を追うことだろう。
 たとえば、強制収容所で亡くなった若い女性のこんな物語を。これは、わたし自身が経験した物語だ。単純でごく短いのに、完成した詩のような趣があり、わたしはこころをゆさぶられずにはいられない。
(「夜と霧 新版」池田香代子訳 みすず書房 p115~116より)
 
 ふう~。やっぱりよう分からんな~。「おっさん」になって、頭が悪なったんやろか? ボケが始まったかな? それやったら、たいへんや~ァ
 
 このあと、フランクルが強制収容所で出会ったこの若い女性のターミナルステージでのようすを紹介します。それを拙訳、さらに要約して紹介します。
 「数日で死ぬことが自分でわかっている若い女性」に話しかけたとき、フランクルはその事実がわかっているにもかかわらず、彼女があまりにも穏やかな態度でにこやかであることに驚きます。

 彼女は、「こんなにも厳しい運命が私に与えられたことに感謝している、今までの人生はまったくいい加減で霊的な境地のことなど、真面目に考えたことがなかった」と答えました。
 そして、自分が寝ているみすぼらしい小屋の窓の向こうを指さし、そこにある樹が孤独をかこつ私のかけがえのない友だちだと云いました。窓の向こうには、花を二つつけているクリの木の枝が一本見えるだけでした。
 「わたしは、よくこの樹に話しかけるんです」と彼女が云ったとき、フランクルはそのことばの意味を計りかね、精神錯乱でもおこし、時々幻覚でも見るのではないかと疑いました。心配になって、樹が返事をしてくれるのかどうかを尋ねます。
 すると彼女は「ええ、もちろん」と返事をし、「ここに私はいるよ。ここにいるんだよ。私が生命だよ、永遠の生命なんだよ」とこたえてくれたと教えてくれました
 有名なO・ヘンリーの「最後の一葉」を想いおこさせますが、こうしたターミナルステージの心の安らぎに思いを馳せると、やはり仏教の教え(根本思想)が、人間としての倫理観確立の糸口になれる可能性をいちばん秘めているのではないか。そう思います。

 初めて話しますが、24・5年前、実家の近く、今「でっかい鯰釣り」で訪れる耳成山のふもとの竹藪の一角に、ぼくにも「櫟の友人!」がいました(掲示の写真)。プライベートで「厳しい」できごとがあって、しばらく近隣を散歩する習慣がありました。「緑」が心地よかったのです。
 先の竹藪の近くの井戸で喉を潤そうと近づくと、「こちらですよ」というような、強い存在感を感じました。櫟の樹でした。直径25㎝ぐらいで、おそらく僕より少し「年上!?」だったと思いますが、ハグすると温かささえ感じ、とてもリラックスできました。

 その時以来、近くを通るときは、必ず「彼の」樹皮に触れてあいさつし、都度、元気をもらったことを思いだします。何百万年の遠い昔、樹々を渡り歩いていた当時のぼくたちの「感覚」が身体のどこかに残っているのかもしれませんね。残念なことに、その櫟は十数年前切られてしまいました。

 さて、子どもたちの指導でも、よく「オンリーワン」を目指してほしいと伝えます。その始まりは「『字が読める子』ではなく、『本を読め、人の心がわかる子』を育てたい」という指導者の熱い思いがあってこそ可能になるのでしょう
 たとえ「夜と霧」を読んでも、「『夜と霧』の向こう側」がわからなくては(見えなくては)ダメです。そうした視点から教育界の現状を考察すること、たとえば先日の水谷が被った非道な事件の犯人が「教師であったこと」とその理由や原因を追究することが、よりたいせつになる時代がきたようです。
 今までは、アマチュアスポーツを指導している人こそ、倫理観や善悪を何よりも尊重する人たちだと思っていましたが、N大のアメフト部の監督や、水谷の今回の事件(大学までサッカー部!)の犯人たちの言動を見ていると、その牙城も跡形もなく崩れつつあります
 N大の事件や事件後の応対に関して疑問と不信をいだいたN大を除く(!)関東学生アメリカンフットボール連盟に所属する15大学が発表した2018共同宣言の骨子の部分を抜粋して紹介します。フットボールが危険なスポーツであるという今回の事件による誤認識を防ぐために出されたものです。
 「(今回の事件によって・注 南淵)日本のフットボールが将来も存続しうるのか、私たちは極めて強い危機感を持っています。対戦相手へのリスペクトや最高のスポーツマンシップ・フェアプレー精神をもつことが大前提となります。より高いレベルの精神を備えることができるよう謙虚に取り組んでいく所存です」。大学のなかではまだ意識の高い人たちもいるようですが、子供の成長や指導に対しては、その時期では間に合いません。
 子どものしつけに対する無知・無責任、教師としての判断力の不在。今回の水谷の事件のように、日ごろの親の意識、拾得物横領というれっきとした犯罪を重ねることが、日ごろ自分たちの行動を見ている子どもたちにも伝播することに気づかない。「一人の人間としての自負や責任感・自覚の不在」が最大の原因です。
 周りがコソ泥であれば、日ごろその善悪を教えなければ、何も知らない子どもたちは悪いこととは思いません(思えません)。その先にある他人に対する思いやりや迷惑など、まったく意識しない、思いも浮かばない、善悪の基準がない子に育ちます。人のものも欲しければ「自分のもの」として、何の不思議もためらいも持ちません。その潮流に流されるのは、フットボールだけの将来ではなく、日本そのものの将来です。

 さて、来週は、一年ぶりに研究先のベトナムから戻ってきて会いに来てくれたY君、ケニヤへ行った医者の卵K君、ゲームボーイの後(!)団の二年の学習で京大へ進んだM君、京大三人衆とぼくとの「やすらぎのひととき」を紹介します。


発想の転換が可能性を開く⑬

2018年05月19日 | 学ぶ

マクドナルド讃
 ビッグマックじゃありません。マックシェイクでもありません。John D.MacDonaldのことです。
 アメリカでの高評価に比べ、日本ではそれほど人気が出なかったようですが(たとえば、チャンドラーやスピレインのように)、読んでみれば素晴らしい作家でした。不人気だったせいか、原書の一部を除けば、ほとんど「高い」古本でしか手に入りませんが、手にとってみる価値大いにありだと思います。ぼくも、何十年も前に出版された古本をアマゾンや古書店で見つけながら、ポツポツ読んでいます。今日は彼の作品から考えます。


 中・高生当時、田舎で品ぞろえの多い書店は一軒もなく、今のようにテレビやインターネットが普及していたわけでもありません。読書傾向が、どうしても以前紹介したK先生の影響や教科書に出てくる作家の作品に限られてしまいました。さらに、純文学と大衆文学という区別が当時は未だ幅を利かしていて、「大衆文学というくくり」にあった推理小説などは、田舎の受験校では一段低く見られていました。なかなか手を出しにくかった覚えがあります。「読むことの入り口」が当時は極端に狭かったのです。二十代まで、そんな傾向が続いていました。

 シナリオの勉強をまた始めようと思った関係で、DVDを見続けていたのですが、見たいものを一渡り見終わって次のステップに進む前に、先日例に挙げたクーンツの「ベストセラー小説の書き方」を読み、その「激賞」ぶりで興味をもちました。最近の作家ではないので、ミステリーやクライム・ノベルの愛好者には、「今更」という人もいると思いますが、これがおもしろい。会話の妙と云い、筋の運びのおもしろさと云い、素晴らしい作家です。
 若いころ、教科書に出てくるような「有名?」作家や「定評ある名作(?!)」ばかりではなく、こうした作品も読みたかったと今切実に思います。読んでいれば、スティーブン・キングが云ったように、テレビ番組なんか見るのは、ほんとうにバカバカしくなったはずです。
 学校や先生が訳知り顔で薦める本は、どうも堅苦しく、夢中でのめり込める本は少なく、「わかったような、わからないような、結局おもしろくない」という読後感の生徒が多いのが現状ではないでしょうか?(ぼく自身がそうでした) それでは読書には嵌れません。「対象は何でもいいから、おもしろいと思ったもの」の読後感を「聞いてみたり」、みんなで「話し合ったり」する方が「読書好き」が増えると思います。まあ、「わかったようなふりをして古典を読めるのも、若さの特権」だとは思いますが・・・。

 学校の先生が「肩ひじ張らず」、今回のマクドナルドやアリステア・マクリーン、マイクル・クライトンなどを読んで、そのおもしろさを伝え、みんなで原書にもあたり、できれば英英辞典を使い翻訳のまちがいさがし・誤訳を大討論する方が、「国語と英語の力が、どんだけつくねん、読解力がなんぼのびるねん」と思います。あきまへんか?
 「文学史に載っている、自分も読んでいない、考えたこともない・考えたくない(!)作品のアンチョコ解説でお茶を濁す授業」では、「説得力」と「心」はついてきません。ほんとのほんとの、「抽象」そのものです。おもしろくなくて、国語が好き、読解力も備わった子は育ちません。 
 さて、「ナイフを子どもたちに渡す意味」を先日もお伝えしました。自分で使ってみなければ、その「危険度」や「使ってはいけないこと」を実感できないから、と。また、今思えば「おおらかな時代」でしたが、中学1年のころ「やんちゃ」だった従兄の空気銃を借りて撃っていた話もしました。

 そのときの「痛い」思い出。ただ『茫漠としたイメージと好奇心』で、「当たること」や「死」という心得もなく、鶯を撃ってしまったのです。ぼくはその「痛み」で空気銃を従兄に返しました。
 ほとんど同じ経験が、先述のマクドナルドの“THE DREADFUL LEMON SKY”(J.B.Lippincott Company 邦訳名「レモン色の戦慄」篠原慎訳 角川書店)に出てきます。4~5ページを使っての展開です。引用が長いのですが、あまりにもよく似ている事件と感覚なので見逃しがたく、子どもたちへの指導の参考にしていただきたいと思います。少し端折って拙訳で紹介します。
 この作品の角川文庫版は未だ手に入りやすい方でした。古本でぼくが手に入れた、マクドナルドの他の邦訳分も写真掲示で紹介しておきます。(なお、写真のナイフはジャックナイフではありません)

俺のと同じ、赤い血さ
 マクドナルド作品の代表的な主人公トラビス・マッギーが、住まいにしている自らのボートで、相棒のメイヤーと酒盛りの準備をしているとき、傍らを通ったバカなヤンキーたちのボートから銃撃を受けたことが、このエピソードのきっかけです。ヤンキーたちが嬌声をあげて走り去ったあと、「なんであんなことをするんだ?」というメイヤーに、トラビスは
 
 「気持ちの昂りだけさ。他に何もない。自己顕示欲のみだ。ド田舎のバカなお調子者が、このクソおもしろくもない世の中を許せない小金持ち(つまり「トラビスたち」・南淵注)、いけ好かないやつらに、目にモノを見せたというわけだ。使ったのは拳銃で、距離もあった、一発でも当たったのは偶々さ」。(前記THE DREADFUL LEMON SKY p34 拙訳)
 

 トラビスの、この解釈を聞いたメイヤーは、12歳の誕生日のときに買ってもらったライフルをおもしろがって撃っていた自分の経験を話します。よく遊びに行った森の中にいた、玉虫色に輝くムクドリモドキという鳥と自らのエピソードです。
 
 「狙いをつけて引き金を引いた。鳥はさっき自分が水浴びをしていた、同じ水たまりにそのまま落ちた。羽をバタバタさせ、やがておとなしくなった。近づいてみると、水面近くで、まだくちばしをパクパクさせている。もう意味がないのに、俺は何も考えられず、溺れないようにしてあげたいと水から救いあげた。手の上で、最後のけいれんをし、鳥は静かになった。忘れられず、耐えられないくらい、静かに・・・石や、枯れ枝や、フェンスの支柱のように、ぴくりともしなかった」。(前記書 p35 拙訳)
 
 マクドナルドは、おそらく子ども時代の実体験だった「鳥殺し」の瞬間を、登場人物の台詞に託して、こういうふうに描いています。しかし、改めてぼく自身の経験から振り返ると、この「経験」だけではまだ不足でした。もうひとつたいせつなものあります。「痛みがわかる経験」です。

 マクドナルドも、経験値としてこのままでは「片手落ち」だと思ったのでしょう。(マクドナルドの代役である)メイヤーは、トラビス相手に話を続けます。
 
 「この部分は、何とかうまく説明したいんだが、トラビス。 親指の先の、この傷痕がわかるか? 板っ切れの舟にジャックナイフでマストをつける穴をあけようとしていたんだ。調子が外れて、ナイフの刃が閉じた。結構血が出たよ。刃が爪にまで食い込んでしまったからな。痛かった。それまで経験したことがない痛みだった。そのムクドリモドキを殺した2カ月ほど前のことだ」(前記書 p36 拙訳)
 

 このふたつの事件によって、メイヤー(マクドナルド)は「死」というもののイメージを子ども時代ににつかみます。
 
 「そのムクドリモドキは俺の手の上で横になり、きれいだった玉虫色はすっかり色あせてしまっていた。泥で羽は薄汚く、びしょぬれだった。どうしていいかわからず、俺は濡れた草の上に屍骸をおろした。放ってしまうなんてできなかった。ていねいに置いたが、手には血がついていた。鳥の血だ。けがをしたときの俺のと同じ色の、赤い血だった。俺と同じように痛みもひどかったろう、そう思った。目を背けたい、触れたくない、残酷な思い出さ」。
 
「拳銃だって弾だって『絵空事』なんだ」
 その経験をもとに、メイヤー(マクドナルド)は、銃撃したヤンキーたちに解釈を加えます。続きを読んでいただければ、実体験がなく育った子ども(半大人)たちの成長のようすが思い浮かぶのではないでしょうか?
 しばしの沈黙の後、メイヤーは
 「(この記憶と・南淵注)奴らの仕業との関係を正確に言い表すにはどう云えばいいのか考えているんだが、トラビス。 奴らにとっちゃ、拳銃も弾も絵空事なんだよ。死ぬことだって絵空事さ。指先の一瞬。パン!。薬莢の匂い。やつらにわかるのはそれだけだ。
 俺は、あの鳥が死んではじめて拳銃と弾と死がわかった。唯一無二で確実なものだと明らかになったんだ。鳥の死に手を下したのは俺だ、死は汚いものだ。小鳥には苦痛を与え、俺の手には血糊がついた。
 どうしていいか分からなかった。小鳥を殺す前の自分に戻りたくて逃げだしたかったが、どうすることもできない。はじめて自分というものを意識した経験から逃れたかった。
 すべてが実体をともない、厳粛そのものだった。現実がもっている本質の恐ろしさでいっぱいだった。俺はそれから鳥を殺していないし、これからだって殺すことはない。断末魔で救いのない苦しい目に遭っているような奴に出あわない限りはね」(前期書 p36 拙訳)
 
 そんな経験をした自分に対して、ヤンキーたちはどうなのか。メイヤー(マクドナルド)の判断です。

 「あのボートに乗っていたヤンキーたちは、俺のような、ムクドリモドキを殺してしまった経験なんてまったくないんだろう。実際に血で汚れちまった経験なんてないのさ。現実にはあり得ない西部の殺人劇を思い描くだけだ。やつらは「ゴッドファーザー」で噴き出す血をポカンと大口を開けて見ていただけ、「俺たちに明日はない」でボニーとクライドの「死のバレエ」を見たことがあるだけだ。

 テレビの「ガンスモーク」で、マット・ディロン保安官が管理する街の大通りの砂塵の中に「麗しく」倒れて消えた男、そのシャツの胸元の血の痕を見たことがあるだけなのさ。
 そんなものは、あの森の中に入った俺が、死んだムクドリモドキの写真を拾ったようなものだ。やつらは現実というものの本質をよくわかっちゃいないのさ。よく分かっちゃいないし、死というものがどんなものか、これからも分からないだろうよ。どうしょうもなく醜いものだってこともな」。(前記書p36~37 拙訳)
 

 ゲームで相手を倒したり殺したり、消したりするという「愉快」の感覚のまま、自らの痛みを知らずに育つことの怖さを以前述べましたが、このマクドナルドの感覚をたどれば、よく理解できるのではないでしょうか。イメージや感覚の未成熟の怖さが…。
 むやみに動物をいじめたり、殺したりするわけではなく、「現実に生きている自然」に出あえば、生死を目にする機会はふんだんにあります。ふとしたきっかけでそういう体験にあって学べば、そういうことは「あえてしなくなる」のがヒトであり、ヒトとしての成長だと思います。「人は現実を見て、出会って、失敗を通じて学ぶもの」ですから。

 紹介した隠蔽事件の愚かさも、そう考えていけばよく分かるのではないでしょうか。イメージの貧困です。生身の人間がわからない。現実も見ず、失敗を通じて学ぼうともせず、「シミュレーションプレー」や「テレビゲーム」しか知らない。そのあたりの感性や想像力の不足にも、メイヤー(マクドナルド)は触れています。
 
 「(発砲した 南淵注)やつらにとっちゃ、誰かが魚籠の中から取りだした拳銃は、現実じゃないんだよ。引き金を引くことが、おぞましい悪臭を放つ死への最初の一歩なんだという関係性なんか、分かっちゃいないのさ。一見関連が見えないところにも、原因や結果がともなっているもんだ、という感覚が欠落している」。(前記書 p37 拙訳
 
 これに付け足す台詞はありません。「体験がともなわないゆえの感受性や想像力の乏しさ」がもたらすやりきれない状況が、今回水谷が被害を受けた事件でも、そこここに顔をのぞかせています。
 

想像力の欠如がもたらす軽佻浮薄と、信頼なき社会
 小さいころ肥後の守で指先を傷つけたとき、ぼくも「自らの流れる血や痛みとともに、相手(自分以外)の痛みと存在が分かった」と、かつて述べました。心配する母を思う気持ちや、自分と同じ傷を与えてはいけないという訓えです。さまざまな自然体験・外遊びの経験によって、子どもたちが覚えること・学べるものは無限で、かけがえがありません。説明のように、身体だけではなく、こころも養えます。
 街。「虫が怖い」や人工物の環境の中「だけ」で育ってしまうと、生命と死は縁遠くなります。「絵空事」です。ガリガリの受験勉強漬けで過ごせば、それを考える暇もなくなります。

 能力が相当程度高ければよいですが、能力が高くもなく、学習姿勢や学習態度も整っていないうえに、受験に特化したタイトな日常生活では、「生きている相手の存在を認識する力」、「自分と同じく生命があり、生きている人間である」と感じる力・想像力・メタ認知・判断力を身につける余裕はなくなります。本は読めるけど、字はわかるけど、書いてある「情(こころ)」は読めない、中身はわからない、わかろうとしないという成長です
 テレビや媒体を通して見る生命も死も、あくまでも抽象の域を出ません。スイッチを消せば消えます。「傍で触る温かさ」や「いのちが消えた冷たさ」を実際に感じとったわけではありません。
 子どもの窃盗事件の隠蔽工作で、水谷に卑劣な犯行を重ねつづけている玉川夫妻も、思いが及んだのは自分(たち)のことだけです。犯行を振り返ると、彼らの視角には同じ人間である他者の存在は入っていません。想像力の欠落です。自分以外の相手が見えないのです。だからシンパシーやリスペクトが存在しないのでしょう
 その結果。貧弱な想像力で犯した「罪の隠蔽」で、もっともたいせつなものさえなくしました。「軌道修正をきちんと図れたら手に入れられた、わが子の健やかな成長と将来」です。
 「罪と現実にきちんと目を留め、その責任を果たし償ってこそ、子どもは正しい倫理観と人間性を身につけることができました」。「子どもの将来の糧」でした。先述の「痛みがわかる経験」を自らがスルーし、子どもにもさせていません。

 いくら隠そうとしても、「悪」そのものは隠しおおせません。いつまでも本人たちの心の隅で生き続けています。教訓になるべき経験が、最悪の判断によって、もつ必要のなかった二面性をもたせてしまう(もたざるを得ない)方向の成長に子どもたちを加速させてしまった。
 自らの子どもに携帯端末を持たせ、それによって不法な盗聴をつづけるという『方法』の是非や倫理性に何の疑いもはさまず(はさめず)、小さな子どもたちがその感覚と習慣を自然に身につけていったとき、その子どもたちの精神作用やこころのはたらきはどうなっていくか。そのイメージが見えないことが、つまり想像力の欠落が、今回の事件の大きな原因です

 「信頼の置ける人間関係」や「信頼できる社会」という、「社会生活をしていく上でもっともたいせつな、根幹部分」が壊れていく、ということにも考えが及ばない。
 自らの子どもたちだけをそうした判断力・倫理観で育てるなら、口出しすることはできません。しかし、小学校の教師・中学校の『国語(!)』の教師ということですから、反省もないまま虚偽と陰謀と、相変わらずの悪意をまき散らして、これから何千人ものピュアな子どもたちを、その判断力や倫理観を元に指導していくわけです。その現実は見過ごせません。


 さて、巷間、疑問も抱かれず一般的になりつつある、底の浅い倫理観や想像力の不足の問題はまだ根深いものがあります。子どもの指導という点から考えて、早急に指導方針の再検討がはかられなければならないもの、それは危険に対する考え方と、安全の担保です。
 たとえば「ナイフをもってはいけない」、「危ないから~をやってはいけない」という『今様の』視点・指導方法は、冷静に考えれば、その非は自明だと思いますが、これこそ無責任きわまりない短絡指導です。「危ないものはもたせない、近づけない」という処置によって、逆に『危険を知らない、危険が分からない人と社会』を続々生みだしてしまうからです
 なぜか? そういう対処法によって、みんな逆に「危険というものがどういうものかわからなくなる」わけです。それがマクドナルドの書いている、「森の中の写真」です。写真に写っている死んだ鳥は、生きていた時から、殺してしまうまで、さらにその後まで、逐一感じた「自らの実感」とともにあったわけではありません。手の中で温かかった生命が冷たくなる感覚とともにあったものではありません。他人事です

 ひとりひとりが安全に過ごすことができるのは、危険や使い方が分かり、危険度を自覚し、それぞれが正しく自己判断・セルフコントロールをできるようになってこそ、です。危ないものや悪いものを隠しても、それがなくなるわけではありません。危ないものは無限にあります。永遠に出てきます
 実際に取り返しのつかない、危ないことをしてしまう前の、いわば「プチ危険!」の体験(存在)が、その後の行動を大きく左右します。「プチ危険」をどうするか?

 自然体験や外遊びは、意識せぬ間にも、その体験補助をしてくれます。そうした方向性の指導法の考案や授業がポイントになるわけで、「持ったらダメ、近寄っちゃダメ、やったらダメ」だけでは、自他ともに危険度が減ることは望み薄ではないでしょうか。
 さて、日本が諸外国と比べ安全なのは(だといわれるのは)、伝統的にも歴史的にも未だ、個人の自覚と倫理観・信頼関係が社会で整っているから」という判断に異を唱える日本人は少ないと思います。「正しく判断できる人、正しく行動できる人が多い」から、「外国人が称揚する安全や道徳が社会で担保されます」。
 水谷の事件の当事者の行動など、さまざま考えてみると、その内部からほころびが見えてきているようです。問題山積の教育環境ですね。マクドナルドにも学びましょう。


発想の転換が可能性を開く⑫

2018年05月12日 | 学ぶ

「楽をするな」の、もうひとつのたいせつな意味
 ぼくは炊飯器を使わないで土釜で米を炊きます。中国からの旅行客が日本の優秀な電気炊飯器を挙って買っていくようですが、その理由は「簡単で便利」「手間いらず」「手軽においしく炊ける」・・・などという理由でしょう。自らの関与は必要なく、その間に他のことができる・・・。その時間を創造的に、有効に使っていれば結構なことですが、果たしてどうでしょうか?
 特に子どもたちの教育や指導・成長について考えてみると、そこには、等閑視できない「頭を悪くする!」現実が隠れています。

 以前も伝えましたが、ぼくたちの身体には廃用萎縮という、使わない器官は退化もしくは能力の減退・消滅に向かうという原則があります。これはスポーツ選手の引退後や、年とった人の入院時の筋力の衰え、あるいは使わなくなった学習能力を考えても、自明です。
 逆に子どもの成長・能力の発達は鍛えなければ実りません。肉体に限らず学習面についても、日ごろ如何に練習やトレーニングを続けるかが発達と成長の礎です。これも自明でしょう。つまり使うこと、体験することによって、人は習得したり、考察と発達を重ねるのです。便利や楽の方向、時代の『進化』は、人の個々の能力の発達とは逆行するのです
 さて、ぼくは玄米と白米を半々ぐらいの割合で炊飯します。昨日、少し多めに米を炊く必要があって、いつもの小振りの土釜にお米を多めに入れて、それに見合うようにと水を増やして炊きました。誰に習ったわけでもなく独習なので、今まで失敗したことも数多くありますが、十年くらい前からは、定量であればほとんど失敗なく仕上がるようになっていました。ところが昨日は、いつも通りのつもりで中蓋を開けると、米粒が異様に大きく、粒も柔らかめです。

 「うまく炊くには炊飯の容量を守らなければ」ということをいまさら学んだわけですが、問題は初めて経験した「表面のコメ粒の大きさ」です。表面はゆるくても、なべ底が黒く焦げています。水が多ければ焦げないはずです。
 それから推察できたことは、コメの上面は、分量が多かったので、増やした水の水蒸気が噴き出し、上面には多量に必要以上に当たってしまったこと、一方なべ底が焦げているのは、吹きこぼれや蒸気のようすをいつもと同じように判断していたので、小さい釜の底の方の水分が足りなくなってしまった、のでしょう。このように体験すること、失敗することによって、さらに考えを進めるきっかけが生まれます。
 竈でお釜で米を炊いたり、薪でお風呂を沸かしたり・・・という経験は、50年以上前だったら、田舎の小学生や中学生の日常生活の一部でした。子どもたちは日々家族の一員としてお手伝いをすることのたいせつさと、叱られながら「日々の業務(?!)」に慣れ、仕事を完遂させることによって、意識せぬうちに大切なことをたくさん学ぶことができました

 まず、お米を炊くことを考えれば、今のように経済的に余裕があるわけではなくギリギリの生活で、お米そのものが貴重品でしたから、適当に作業して失敗するわけにはいきません。無駄にはできません。その失敗によって、お父さんやお母さん、家族にどれだけ経済的や時間的にも迷惑をかけるか実感できます。自らの責任が自覚できます(自覚しなければなりません)。そしてうまくいけば自信が湧きます。これも大切なことです。
 また、責任あるがゆえに、次は失敗しないように、その経過の推移や失敗の原因・理由を自ら確認・考察しなければなりません。わからなければ誰かに聞いて解決しなければなりません。推移を厳しく振り返り、失敗や不具合の原因究明・推理・関連をたどり問題解決に向かわなければなりません。
 たとえば、今回のぼくの失敗であれば、次は大きなお釜を使うのか、火加減で解決するのか、水をどうするのか、という多岐にわたる問題に、日々の観察を通じてそれぞれ判断を下し、解答を求める日常が続くわけです。それらによって鍛えられるメタ認知や問題解決能力・想像力たるや、もはや日々「すごい頭のトレーニング」だとは思いませんか? すべて、体験が始まりです。 
 わかると思いますが、現在は子どもたちのこうした「隠れたトレーニング」「無意識のうちの頭脳鍛錬」、また「体験から学ぶしくみ」が、日常生活で全く欠落しているのです「環覚」は、これらの欠落を補い、子どもたちの「豊かな日々」をとりもどす仕組みです。さて、次はノーベル化学賞受賞の白川英樹博士の著書の一節です。
 白川博士も、小さいころ「ご飯炊きと風呂を沸かす」のが私の分担であった、と書かれています。

 (ご飯炊きと違って・南淵注)ふろ焚きは火をつけさえすればあとは燃えるにまかせるだけで、時間がたっぷりあった。その暇つぶしにいろいろないたずらができて、それが楽しかった。
 新聞紙に食塩水を染み込ませてくべると黄色い炎がでて、教科書かなにかで読んだ〈炎色反応〉が体験できた。父が開業医をしていたので空になった注射液のアンプルが手近にあった。この中にマッチの軸を詰め込んで火の中に置くとはじめは水蒸気が白い煙となって噴き出すが、まもなくオレンジ色の炎が勢いよく噴き出してくる。これも飽かずに眺めて退屈することはなかった。冷えたアンプルをこわすと、中からマッチの軸の形もそのままで真っ黒い炭と化している。それぞれが興味深いいたずらであった。多分これが私にとっての「化学のことはじめ」であり、ファラデーの『ロウソクの科学』に代わる科学の実験材料であった
(「私の歩んだ道」白川英樹著 朝日選書 p8より・下線は南淵)
 

 「注意」「観察」「考察」。「手間がかかるお手伝い」で、こういうことを覚える日常があったのです。学習が目前で成立しているのです。豊かな日々のイメージがつかめたでしょうか? 昔のお手伝いやお使いは、図らずも、一方では子どもたちにとっての「頭の格好のトレーニングの場」になっていたとぼくは考えています
 それでは当時、どうしてノーベル賞学者や優秀な科学者が輩出しなかったのか? ぼくは、まだ日本が貧しくて、また世界から孤立していた長い歴史があり(「江戸時代の解剖図」を見ても明らかでしょう)、科学教育指導の土壌が育っていなかった、環境が整っていなかった、と思うのです。

 ところが現在は市販の書籍の数々や教育環境を見ても十分そのレベルにはあるが、今度は子どもたちの日常が大きく変わってしまった。「楽」や「快」ばかり追うようになってしまった。「学習が受験勉強主体に特化」してしまって、「すべてそれに集約するしくみ」になってしまった、そう考えています。
 そうではない、子どもたちの豊かな日常生活・生活体験を切り開くこと。それが立体授業の一面です。団の「楽をするな」のポリシーも、子どもたちを大きく育て成長させる突破口になる、と考えています。
 「今は『ご飯炊き』も『お風呂沸かし』も必要ありません!」。 そういう人もいるでしょう。だからこそ「環覚」を養成する必要があります。ひとりで環境や周囲に目を向けられるようになるまで、自分で気づくようになるようには、子どもたちをどう育てるか? 
 現在の環境ではファインマンのお父さんがやったように、自らの立ち位置・周囲の成り立ちとしくみ、そのおもしろさをできるだけ紹介する。最善の方法はそれにつきると思います

「環覚」のヒント
 学習指導なんか考えたこともなかったずいぶん昔、塾を始める何十年も前に、今思えば不思議ですが、筑摩書房の「高校生のための文章読本」を購入していました。経理の本からデザインまで、さまざまな本を読んでいたころです。

 「高校生~」に掲載されている第一作品は、以前発展課程の学力コンクールの問題作成で取りあげたことがありましたが、今回改めて手に取って読み直してみると、実に奥深い一節です。もう忘れましたが、当時も「感覚的に」そのことをつかんで、子どもたちに読んでもらいたく、テスト問題として採用したのでしょう。

 現在もそうですが、国語のテスト問題を作成するときは、「ぼく自身が読んで」、子どもたちにぜひ読んでほしいと思った作品・一節に限ります。以前もスポーツ新聞の囚人の記事からつくったテスト問題を紹介しましたが、誤解を恐れずに云えば、仏陀の言葉のマンガからAV(!)まで。「子どもたちにどうしても知ってほしい、考えてほしいこと」がひらめけば、ジャンルを問う気はまったくありません。AVを見せると云ってるわけではありませんよ、もちろん(笑い)。
 今回の、水谷に対する、唾棄すべき卑劣さをあらわにした『見かけだけ繕う仮面教師たち』から学ばせなければならないものはありませんが、少なくとも「身体を張って世の中を生きている人たち」からは真剣に学ぶべきものは見つかるし、学んで「財産」にできることもたくさんあります。

 さて、「文章読本」の第一作品の一節です(「『ピエールとジャン』序文―小説について」モーパッサン著 稲田三吉訳 高校生のための文章読本 p3)。モーパッサンが、『書くこと』について師匠のフローベールから聞いた教えを紹介しています。
 
 ―才能とは、長い期間にわたっての忍耐に他ならない。―大事なことは、表現したいと思うものは何でも、じっくりと、十分な注意をはらって見つめ、まだ誰からも見られず、言われもしなかった一面を、そこから見つけ出すことである。どんなものにも、未開拓の部分は必ずあるものだ。なぜならわれわれは、周囲のものを眺める場合に、自分たち以前にだれかが考えたことを思いだしながらでなければ、自分たちの目を使わないように習慣づけられているからである。どんなに些細なもののなかにも、未知の部分が少しはあるものだ。それを見つけ出そうではないか。燃えている炎や、野原のなかの一本の木を描くにしても、その炎や木が、われわれの目には、もはや他のいかなる炎、いかなる木とも似ても似つかないものに見えてくるまで、じっとその前に立っていようではないか
 こんなふうにして人は、独創性を身につけるのである。(傍線は南淵)
 

 これは表現者としての心構えや行動を説いたものですが、「『環覚』の養成」にも、とても参考になるアドバイスです
 ぼくたちは「ものを見る」場合、「虚心」に見ないで、それまでの経験によって身について(しまって)いる、「その名前から考え及ぶ特徴」だけを、それも「実際の目」ではなく、「心の目(!)」で見てしまう・・・。特に大人はその傾向が大で、そういう日常では「新しいもの」・その対象が持っている「他の要素」や「例外」は見えません。対象の時間的経過・推移とその変化にも気づきません。
 つまり「何も知らないまま、『他人の目』を頼りに見ているつもりになっている」ということです。観察と発見は生まれません。それでは独創も生まれません。
 「知っているものを、知っていると思い込んで、知っている通りに、『心の目』で見てしまっている・表象する」だけです。これが大多数の「ものの見方」です。
 当然「既に知っていることばかり(!)」で終始しますから、「おや?」とか「ふしぎ!」には至らないわけです。この壁を乗り越えてはじめて、『おもしろさ』が機能します。特に小さい子の「おもしろさ」は、多くの場合、抽象からは始まりません

 先ほどの白川博士の著書のなかにも、日ごろの、このブログの主張を補完してくれるアイデアが見つかりました。
 
 ビデオにしろ、テレビにしろ、あるいは最近だんだん普及しはじめたインターネットにしろ、利用の仕方によっては、きわめて有用です。それは、私も十分に認めます。
 しかし、実際に接していない人にとっては、それは虚像でしかないでしょう。ものごとの仕組みや成り立ちには、実物を見たり、本物にさわったりしなくては分からない種類のことが、たくさんあります。実物、あるいは実像と言い換えてもいいけれども、実像を学んでから、教材を使う。そうすれば効果があるのに、まず、虚像で多くを学んでいるものだから、知識は増えても好奇心につながらず、単なる知識にとどまってしまう、という結果になるのだと思います。(前記書p60~61傍線は南淵 )
 

 これらの壁を破るには、前回も伝えましたが、「教科書から入るのではなく、現物・対象から入ること」、特に最初は課外活動や野外活動において、「子どもたちの感覚が新鮮なとき」に、「観察・考察する機会を増やすこと」がたいせつになってきます。(小さい子の)学習は教科書がスタートではない、「逆転の発想」のたいせつさです。


発想の転換が可能性を開く⑪

2018年05月05日 | 学ぶ

「『練習』という概念の意味がなくなる」 スティ―ブン・キング
 スティーブン・キングの“On Writing”に、次のような件があります。これも、作家志望者に対するアドバイスの一環として例示されたものですが・・・。どんなアドバイスか?
 人は、ほんとうに好きなことをやっていれば、「練習している・稽古している」という意識(感じ)がなくなる・・・というものです。「理想」です。

 彼の息子、オーエンが7歳くらいの時、ブルース・スプリングスティーンのでっかいサックス奏者クラレンス・クレモンズに夢中になり、「彼のような演奏をしてみたい」といいだしました。キング夫妻はその願いを聞いてとても喜びました。
 世の親の例に漏れず、「ひょっとしてすごい才能があるかも・・・」と、クリスマス・プレゼントにテナーサックスを買い与え、地元のミュージシャンのところに習いに行かせました。
 7ヶ月経ちました。それなりに上達はしていたけれど、オーエンは先生に指示された時間、週四日30分ずつと週末の一時間しか練習しなかったようです。7ヶ月間練習して「『クレモンズにあこがれても、サックスは自分に向いていない』と云うことがわかったんだ」とキングは斟酌し、子どもの意見も聞いてサックスの習いごとを辞めさせました。流れから、子どもの返事はおそらく、『どちらでもよい』ということだったのでしょう。それについてキングは次のようにつづけます。
 

 この一件が私にアドバイスしてくれたことは、息子のサックス演奏は決して日の目を見ないだろう。どこまでいっても「お稽古ごと」に過ぎない。それではよくない。もっと才能を発揮でき興味が湧く、何か他の分野に投資する方がはるかによい。
 才能があれば、「練習」という概念そのものの意味はなくなる。自分に何か才能があると分かれば、その才能がどんなものであろうと、練習で指先から血が出たり、眠くて目が落っこちそうになるまでやり続けるものだ。(“On Writing A MEMOIR OF THE CRAFT” POKET BOOKS p144~p145 拙訳)
 
 キングは「才能があれば、我を忘れて没頭するはずだ(つまり、才能がなければ、他の道を探した方がよい)」ということを云いたいのでしょう。しかし、ぼくは、この考え方は「才能にあふれ、その才能が運良く早い段階で見つかった人の考え方(言い分)」だと思います。7ヶ月やそこらで、成長期の子どもの才能は判断できません。継続することにより、何かのきっかけで才能の発現を促す、という可能性を捨て去ることはできません

 また練習する過程で、「真剣に、一生懸命やるという努力をほんとうにかさねることができたか」という疑問も残っています。見ていて「あれもやりたい、これもやりたい」というのは多くの子どもの常で(理由・以前も仮説を立てたように、子どもは自らがこの世で生きていくための方策、幅広く可能性を探るという好奇心がインプットされていて不思議はない、と思うからです)、練習をさせてもらったからといって、すべて自ら進んでやるとは限りませんすぐおもしろくてしかたがなくなる子もいれば、性格・能力や運動神経、手先の器用さ等、さまざまな条件に制限され、なかなか「おもしろさ」を感じることができない子もいます

 たとえば伝統工芸や民芸品にかかわる人たちを思い出してください。「才能にあふれていて、すぐ開花するという例」は、稀でしょう。年期で開花する方がふつうです。「半ば『義務的』に続けざるを得なかった・つづけてきたが、その継続によって、いつのまにか、周囲から見れば『とんでもない高み』にのぼって(しまって)いた」・「できるようになってからおもしろくなった」という人たちの方が一般的でしょう
 海外に住んだことがないので一概には言えませんが、日本では、そういう例の方が多いのではないでしょうか。つまり、逆に「我慢強く続けられる才能が天才を生む」というスタイルです。

 そしてここには、「『お稽古ごと』や『技術の習得』『勉強』をはじめとする、あらゆる『学習』問題」について、「ないがしろにされたままだが、くわしく追及し大いに考えるべきポイント」が含まれています。学ぶおもしろさや、学習の継続、その結果としての才能の開花等、すべての学習の原則です。
 それらの問題点、「何が必要か」「どうしなければならないか」を個別にもっと意識化し、クリアにすることによって子どもたちの学習や成長、またその指導方法とその効果に大きな変化が現れるだろうと推測します。つまり教える側や指導する側(教師や保護者)は、そういう、実は『この上ない重要事』について思い巡らす日々はほとんどなく、事態は「安易(!)」に進んでしまっているのではないか
 かいつまんで云えば、「まずは少し我慢して、まじめに一生懸命、眼前のものごとに向かう。有無を言わさず誠心誠意努力させる」という「しつけ」のたいせつさです。「習いごと」すべてに、この態度は欠かせません

 「一生懸命向かうこと」によって、「自分に向いているかどうか」、「ほんとうにやりたいのかどうか」が見えてくるのであって、キング(の息子の場合)のように、「一生懸命やれない(やらない)うちに、『才能がない』と見限ったり、『向いていない』とあきらめさせる(あきらめる)のは、『学習』指導者がいちばんやってはいけないことだ」と、ぼくは思っています。
 一度も一生懸命やったことがなければ、できなければ、何をやっても『形になることはない』『身につくはずはない』というのが、指導経験から割り出した結論です。一定期間のその努力継続を実践させるのが、保護者であり、指導者のもっともたいせつな役目でしょう。一生懸命努力もせず、「向いてない」とか「才能がない」とか云って結論づけるのは、「何ごともなしえない人の、楽ないいわけ」に過ぎません
 一生懸命やれば、人からいわれるまでもなく、自分で能力の有無や向き・不向きを判断することができます。そして自分に向いていること、自分にとってほんとうにおもしろいことも見えてきます。「一生懸命が先」です

 「そういう努力を重ねられる人が、何ごとかを成し遂げる人」ではないのか。年齢を重ねた今、その真実が当たり前に明らかになってきたような気がします。この認識は、いつも子どもにも伝えています。
 「どうせやらなければならないことをやっているのであれば、できるだけ一生懸命やらなければ結果も残らず、力も身につかず、自分の人生のたいせつな時間を無駄にしていることになる」とも、よく云います。
 好きではないこと、やらなくてもいいことがわかることが、ほんとうに人生をたいせつにすることだ、とも伝えます。一生懸命やり続けてそれらが分かることによって、キングの云う『練習という概念がなくなる瞬間に出会える』のでしょう。「無意識にやって(しまって)いる状況に入る」のだと思います。
 7カ月は短い。キングは自分の能力についてはそのことが分かっていたのだけれど、息子を教える立場には立てなかったのでしょう。教えることについては、ファインマンのお父さんやエジソンのお母さんの方が上です。子どもの有り余る可能性を信じて、自ら「子どもたちが、『おもしろく、ものごとに向かう』ようになる指導応援』に神経を使いました

「文字の勉強」と『情(こころ)の学習』 
 本は読めるけど、計算はできるけど、勉強はできるけど、「情(こころ)」は読めない、わからない。
 お母さんやお父さんの「知的レベル」がそれなりに高く(たとえば先生)、教育にも「関心(!)」がある…。そんな場合に多い、子どもたちの「いびつな」成長の「一例」です

 字は読めるから本を読むのも速いし、(表面的な)意味も分かる。漢字はできるし、(受験)問題は解ける。だけど、わがまま・自分勝手・人の「情(こころ)」は分からない。物語の『心』は分からない。感じられない。そんな子がどんどん増えてきているような気がします。
 受験勉強しかせず、まず、問題を解くこと。解ければよい。勉強はそれだけでよい。本もほとんど読まない、特に小説なんか読んだことはない。教育界にもそんな経験・考えの人が増えてきているのではないでしょうか。『情(こころ)』はどうしたのですか?
 かつての国語の先生には、本を読むのが好きで、自分が読んだすばらしい本や作家に対して一家言をもった人が数多くいました。今の四十才前後からは、本なんかそっちのけで、ゲームが爆発的に流行し始めた年代ですね。

 高校時代、ぼくが東京教育大学を目指すきっかけになったK先生のことについては以前触れました。ぼくの問いかけに対する返事、「ヘミングウェイなんて…」という一言。それによって若いときに、ぼくは「ヘミングウェイ」を読む気がしなかった、という例です。信頼する先生の一言が、「生徒、少年期の読書志向や価値観にいかに大きな影響を及ぼしてしまうか」と振り返りました。それだけ影響力が大きい。
 当時のK先生は30代の前半、その若さゆえ「ヘミングウェイの『老人と海』なんかは、先生自身が『手ごたえとともには(!)』わからなかったのだろう、ということ」、そして「『若さゆえの勢い』が余って」の、指導セリフだったのだろうということが、現在ではよくわかります。

 K先生は「シャープで感性の優れた人」でしたから、今の僕の年齢の指導なら、「老人と海」で「年をとることの寂しさ、さらに肉体の衰えから始まる自らの可能性や夢が次第に潰えていくことを直視しなければならない過酷さ」、その時期(年齢)が来たからこそよく見える真実、「若いということの純粋さや美しさ」。そこから生まれる永遠・生命や人間存在・その意味を考察する授業にも展開したはずです
 さらに、ヘミングウェイに限らず、同じノーベル賞作家の川端康成ら、「少なくはない」数の作家が年老いて自死(自殺)する理由にも、「思い(話)」は及んだでしょう。「高み」にのぼったがゆえの人生の残酷さ、年老いて分かる自らの能力の衰退や感受性の摩耗に、繊細な神経が耐えられなかった、ということも・・・。自らの年齢や実体験とともに明らかになります。

 このように、「何かを」、「ほんとうに大切な『もの』や『こと』を伝えたい」と思えば、生命(寿命)のリミットを頭から除けることはできません。これらのテーマを30代や40代に「わかりなさい」と云っても、おそらくむずかしいでしょう。それらを考えれば、「ヘミングウェイなんて・・・」という一言も「まあ、しょうがないこと」です。
 K先生がヘミングウェイを否定したからと云って、彼の指導がぼくの大きな力になってくれていることに変わりはありません。ぼくがこのように自分なりに「自分の考え」を進められるようになったのは、指導用の虎の巻ではなく、K先生が実際に自ら本を読んで「その感想や考察を基本に指導してくれたからだろう」と考えています。前後の先生、両者では「子どもたちのわかり方」がまったく異なります。「伝える心の有無・力の入り方の、比較にならない差」です。読んでもいなければ心は伝わりません。
 国語の先生には特に、中学生以下の小さい子たちには、「『本を読んで感激する情(こころ)』を、『文法の指導』より先に教える力」が、何より必要ではないのか、と思っています。「ただ字を読む」ことなら、どの科目の先生でもそれなりに教えられるが、「深く読むこと」は、感受性に富み読書経験の豊富な先生でないと無理でしょう。
 「小説や物語の読解」まで、実際に『読むことなく』、「あんちょこ」や「虎の巻」の受け売りを「配達」するのでは、情操教育にはなりません。子どもたちのお父さんやお母さんに、もし、そういう人がいれば必要ないですが、20年以上の指導経験でも、そういうお母さんやお父さんにほとんど巡り会ったことはないので、やはり国語の先生の力が必要と云うことなのです。
 先日の、「友人の水谷が災難にあった事件の犯人」のひとりも中学校の国語の教師のようですが、自分の子どもに対する指導やしつけ、また犯行の経緯を考える限りでは、「情操教育」どころか、子どもに教えるような「善悪の判断基準」「義務・責任の意味」さえ、いい年になってもわかっていないようです。

 おそらく「本に感激したり、小説に手に汗を握り涙を流し・・・という経験」など皆無で、身体は成長したが「こころ」は忘れて育ってしまったのでしょう。行動や判断から「心」は見えてきません
 涙ではなくスポーツで汗だけ流し、シミュレーションプレーを覚え、受験勉強も予備校で教えてもらって「教員」になることはできた、「元気に育った」が、人間として、そして「自らの子育て」や『子どもの指導』にもいちばん大切になる「心」を涵養することはできなかった・・・。「人の物も自分のもの」「自分さえよければいい、他人のことなど知ったことか。人は関係ない」という、今回の犯行の裏側や経緯と経過が証明しています。こうして「次の世代が再生産されていく」ことに、もっと強い危機感をぼくたちはもたなければいけないのではないでしょうか?
 報道では、数週前刑務所を脱走して逃げ回っていた犯人がつかまり、逃亡の理由を聞かれて、「刑務官との人間関係が嫌になった(いじめられた?)」と言ったようです。温泉旅行や行楽に行ってるわけではありません
 「自ら(他人に被害を与え迷惑をかけた)犯罪によって、(その罪を償うための)『刑務所』に入っているのに、『刑務官が嫌だ』などという馬鹿馬鹿しい、笑い話にもならない身勝手な理由」、その理由の「とんでもなさ」や「判断」を、一向に問題視しない報道や世間。聞いても何とも思わない人、その感覚のズレが犯罪の温床を準備する、ということが分かりますか?

 「窃盗を犯した息子をかばい、その罪を隠蔽するという『愚かな教員』の行動」は、この犯人の発想と、根源がきっちりリンクしています。少なくとも、小さな子どもたちを教える教員の間で、こういう判断や行動が蔓延することは絶対避けなければなりません。学習以前の、人間としての成長に大きく関わります。きちんとした躾や指導が、世間を不必要に停滞させずスムースに機能させる潤滑油です
 「受験までのテクニックや知識は多少教えられても、人としての成長に対する指導やしつけはまったくできない。できていない」という恐ろしさに、ぼくたちはもっと目を開かなくてはいけないのではないか。そう思います。
 子どものために、(受験)勉強だけではなく、「『こころ』を教えられる先生」をもっと育てなくてはなりません。教員養成大学や養成学部はきちんと機能しているでしょうか。その役目を十分果たしているのでしょうか。そうした環境にあるでしょうか。問題意識は存在しているでしょうか?
なお、使用したイラストは、いつもの「かわいいカット・イラスト2000 亀山利明著日本文芸社」より。