<香港株式市場上場企業は、東京株式市場に重複上場か>
<英HSBCホールディングスや英スタンダードチャータードは、東京株式市場に重複上場か>
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2020年7月1日
広岡 延隆、上海支局長
全3057文字
中国の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会は6月30日、「香港国家安全維持法」を全会一致で可決した。香港政府はこれを同日午後11時から施行した。
今日、7月1日は香港が英国から中国に返還されて23年に当たる。香港政府に対する抗議活動は昨年、中国に犯罪容疑者を引き渡す逃亡犯条例改正案をきっかけに火が付いた。昨年10月には香港政府の林鄭月娥行政長官が逃亡犯条例の正式撤回に追い込まれたが、抗議活動は普通選挙などを求めるものに発展。その後新型コロナウイルスの流行で集会が物理的に不可能になるまで沈静化することはなかった。
香港国家安全維持法では、香港の中に中央政府の出先機関を設けて治安維持に当たるとしている。国家安全に関わる事案の裁判は、行政長官が指名した裁判官が担当する。香港法と香港国家安全維持法が矛盾する場合には後者が優先され、その解釈権は全人代が持つ。香港で活動する外国人も対象になる。最高刑は終身刑となった。
今回、北京は香港の憲法に相当する「香港基本法」の付属文書に例外として追加するという手法で、香港立法会の頭越しに香港国家安全維持法を成立させた。香港の法律は香港立法会が作るという基本ルールをあっさりバイパスした形だ。「一国二制度」の形骸化と指摘される理由である。
一国二制度が揺らぐことは、英国統治時代から企業を保護してきた透明性の高い司法制度が揺らぐことを示す。
法の支配に裏付けられてきた、国際金融センターとしての香港の地位はどうなるのか。中長期的な視点では、その先行きに不安が高まっている。ただし、短期的には中国企業の資金調達経路確保の受け皿としての機能が強まることになりそうだ。
米国上場企業の「回帰」が相次ぐ
香港国家安全維持法が成立する12日前の6月18日、中国の京東集団(JD.com)が香港株式市場への上場を果たした。京東は2014年に米ナスダック市場に上場している。6月11日には中国ゲーム大手の網易(ネットイース)も香港取引所に上場している。こちらもナスダックとの重複上場だ。
こうした動きの嚆矢(こうし)はアリババ集団だ。2019年11月、ニューヨーク証券取引所(NYSE)に続き香港市場に上場した。背景には香港市場の改革がある。
アリババはもともと香港市場への上場をもくろんでいた。だが香港市場が種類株を認めていなかったことから、NYSEに上場した経緯がある。18年から香港市場でも種類株を認める改革が実施されたことで重複上場を果たした。
アリババの上場記念イベントで、香港取引所の李小加(チャールズ・リー)最高経営責任者(CEO)は「アリババは家に帰ってきた。他の海外にいる中国企業が帰ってこないはずがないと信じている」と述べている。
米上院は5月、外国企業に外国政府の支配下にないことの証明や、米当局による会計監査状況の検査を義務付ける法案を全会一致で可決した。中国企業を想定していることは明らかで、米国で上場する中国企業の間では危機感が高まっている。
中国カフェチェーン大手の瑞幸咖啡(ラッキンコーヒー)は不正会計を理由にナスダックから上場廃止通告を受けていたが、弁明の申し立てを取り下げた。6月29日から同社株の取引は停止された。
中国ネット検索最大手、百度(バイドゥ)の李彦宏(ロビン・リー)董事長兼最高経営責任者(CEO)は「米国の中国企業への締め付けを懸念している」として、香港への重複上場を検討していることを認めた。
中証金融研究院の談従炎副院長は、中国証券監督管理委員会のサイトで「香港上場により資金調達リスクを減らすことができる。中国と米国の貿易摩擦で中国企業の株式の評価は低下している」「歴史は香港は中国本土がうまくいって初めて繁栄できると教えている。本土が好調を維持してこそ、香港はより良い明日を迎えられるのだ」と述べている。中国政府の見解をなぞった発言とみてよいだろう。
米中のデカップリング(分断)が進む中、資本面でのリスクを回避する意味でも中国企業による香港への上場は続きそうだ。
2019年2月には、「広東・香港・マカオ大湾区(グレートベイエリア)」構想が発表されている。経済圏として一体的に発展させていこうという狙いだ。
中国国営の新華社通信は、香港取引所の李CEOが香港国家安全維持法について「ニューヨークやロンドンなど他都市も国家安全に関わる法律などの制約を受けているが、国際金融センターとしての地位に影響はない」との認識を示したと伝えた。
中国政府にとっても国際金融センターとしての香港の利用価値は依然として高く、国内外の不安の打ち消しに躍起だ。
それでも、中央政府が今回、香港国家安全維持法を強引に成立させたことは、
「法の支配」という香港の根本ルールが変わるリスクをまざまざと見せつけた。
「すでに国際公約ではない」
中国は2017年に香港の高度な自治などを約束した「英中共同声明」について「すでに歴史文書となり、拘束力がない」と述べており、今もそう主張している。
日米欧の主要7カ国(G7)は共同で「中国による決定は、香港基本法、及び、法的拘束力を有して国連に登録されている英中共同声明の諸原則の下での中国の国際的コミットメントと合致しない」と「重大な懸念」を表明しており、中国の内外で認識が真っ向から食い違っている。
米トランプ政権は「中国が香港を一国一制度として扱っている」と指摘し、香港に対する本土と異なる優遇措置を一部終了すると発表した。
最高刑を無期懲役とした香港国家安全維持法の影響は、すでに広がりつつある。香港の民主派団体「香港衆志(デモシスト)」は6月30日、解散を宣言。独立派の香港民族陣線も香港の本部を解散すると発表している。香港市民の間ではソーシャルメディアから目を付けられることを恐れ、アカウントを削除する動きも出ている。
英HSBCホールディングスや英スタンダードチャータードは、母国政府の意に反して香港国家安全維持法の導入に賛意を表明した。
HSBCに対しては香港の前行政トップから圧力がかかっていたことが、明らかになっている。
英中共同声明はすでに国際公約ではないと主張し、内政問題である香港については一歩も譲らないとの姿勢を見せる習近平指導部。他の社会主義国が崩壊していった歴史へのトラウマと、同じ轍(てつ)は踏まないという決意がにじむ。その強権的な姿勢が続く限り、国際的な分断がますます深まる公算は大きい。
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00113/070100026/?P=2