海底ケーブルの盗聴は簡単 日本だけ知らない事実
2023年7月5日 山崎文明 (情報安全保障研究所首席研究員)
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山崎文明 (やまさき・ふみあき)
情報安全保障研究所首席研究員
明治大学サイバー研究所客員研究員。
元会津大学特任教授。
1978年、神戸大学海事科学部卒業。
損害保険会社を経て大手外資系会計監査法人でシステム監査に長年従事。
システム監査、情報セキュリティー、個人情報保護に関する専門家として、政府関連委員会委員を歴任。
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在沖縄米軍人向けの沖縄最古の英語情報誌「This Week on OKINAWA」の6月4日号が、沖縄近海の海底に敷設されている光海底ケーブルから中国製盗聴装置が発見されたことを報じている。
沖縄には現在、NTT、au、KDDI、AT&Tおよび米軍による光海底ケーブルが敷設されており、日本本土、アジア各国、グアム、ハワイ、豪州へと結ばれている。
大手通信会社の技術者の話によると、約5年前に沖縄近海の光海底ケーブルに中国製の盗聴器が取り付けられているのが発見されたという。
総務省の元幹部は「当時は、通信局に所属していなかったので、盗聴器の映像は見ていない」と断わった上で「海底ケーブルに盗聴器が取り付けられていることは知っていた。そして、それは1回だけではなかった」と述べたという。
「This Week on OKINAWA」は1955年6月に月刊誌として創刊され、61年2月に週刊化された歴史ある雑誌である。
この報道では、どの海底ケーブルに盗聴器が仕掛けられていたかは不明だが、一度ならず、複数回発見されていることを考えれば、すべての海底ケーブルに盗聴器が仕掛けられていた可能性は排除できない。
台湾有事が懸念される現状では、光海底ケーブルの盗聴にますますの警戒が必要だろう。
〇意外と簡単な光海底ケーブルの盗聴
光ケーブルの盗聴は、意外といっていいほど簡単にできる。
2011年には「光ファイバーの盗聴:その方法と注意点(Optical fiber tapping: Methods and precautions)」(Zafar M. Iqbal/Habib Fathallah/Nezih Belhadj著)という論文が発表されている。
また、13年にはエドワード・スノーデンが、英国政府通信本部(GCHQ)の光ケーブルの盗聴の実態やニュージーランドの政府通信保安局(GCSB)が光海底ケーブル「サザンクロス」の盗聴を行っていたことを暴露している。
YouTubeには「Hacking Fiber Optics」や「Live Fiber Tapping」、「Monitoring Fiber Optic Connections」などの沢山の実演動画を見ることができる。
盗聴に必要な装置は、通販サイトで300ドルから500ドル前後で手に入れることができる。
盗聴器そのものは片手の手のひらに収まるほど小さなもので、大半はロシア製だ。
盗聴器の穴に光ファイバーをほんの少し曲げた状態で蓋をすれば、準備完了だ。光ケーブルを切断したり、どこかにケーブルを接続する必要もないので、通信が途絶えることがないため、事業者に気づかれることもなく盗聴できるのだ。もちろんこれらの動画は陸上での盗聴例だが、海底でも原理は同じだ。
〇位置はすでに捕捉されている
光海底ケーブルの陸揚げ拠点は、なだらかな海底が沖まで続く、遠浅の地形が選ばれる。そうした地形でなければ、海流の影響でケーブルが切断されてしまうのだ。
したがって、海底ケーブルの陸揚げ拠点は、おのずと限られることから沢山の通信事業者の海底ケーブルが集中することになる。秘匿されている軍用のケーブルであってもその位置が特定されるのだ。
中国
の場合は、海洋調査船という名の海底調査専門の船が海底ケーブルの位置についても徹底的に調べあげている。
中国の海底調査船は陰の軍隊と呼ばれており、軍用の光海底ケーブルの位置も把握しているはずだ。中国人民解放軍は海底ケーブルを切断するための水中ドローンをすでに実践配備している。
光海底ケーブルの場合は、光の減衰を防ぐため、約80キロメートル毎に増幅器が設置されており、ここに盗聴器を仕掛けられる。したがって、陸上の陸揚げ局から、沖合80キロメートルにある最初の増幅器が最も狙われやすいということになる。
増幅器では、まとまった144本の光ケーブルが1本、1本バラバラに増幅されているため、盗聴器を仕掛けやすい上に、ケーブルから増幅器へ供給する電源まであり、盗聴器の電源も容易に確保できるメリットもあるのだ。
光海底ケーブルの最大の弱点が増幅器となる。
事実、見つかったとされる中国製の盗聴器も増幅器に取り付けられていたという。
光海底ケーブルに盗聴器を仕掛ける作業は、潜水艦などを使って行われる。米軍の場合は、原子力潜水艦ジミー・カーターが有名だ。
ジミー・カーターの船底には、ダイバーが海底で作業しやすいよう、簡単に船内と船外を行き来できる装置が搭載されているといわれている。盗聴器から発せられる電波も潜水艦で受信して情報収集されるものと思われるが、最近では水中ドローンが開発されており、情報収集も民間船舶でも容易にできるようだ。
記事では、「日本の大手通信会社の技術者は『増幅装置から漏れる電磁波を盗聴して情報を解析している』と指摘した上で『実際、総務省の窓口で見せてもらった写真には、増幅装置に取り付けられた小型のセンサーが写っていた。』と述べている」と伝えている。
総務省は、盗聴したデータの収集方法についても分析するなどの調査を行ったのだろうか。
〇総務省の対応は適切だったのか
大手通信会社の技術者は「総務省の担当官から海底ケーブルに設置された中国製盗聴器の写真を見せられ、海底ケーブルの点検を強化するように言われた」という。
自民党の情報通信戦略調査会は4月15日に「情報通信インフラの強化に向けた緊急提言」と題する報告書をまとめているが、「国際海底ケーブルや陸揚局の安全対策」としては、「事業者の安全対策だけでは対処が困難な水中ドローン等による海底ケーブルの切断や陸揚局に対するテロ等の脅威に対応するため、事業者と総務省、警察庁、海上保安庁等が適切に連携できる体制の構築、陸揚局の周辺土地等の利用規制の検討、国際海底ケーブルの断線等に備えた多ルート化や敷設船・修理船の整備・更改への支援などに取り組むことが必要である」ともっぱら海底ケーブルの断線に備えた対策強化に終始し、「盗聴」には触れられていない。また、情報連携に関しても「事業者と総務省、警察庁、海上保安庁等が適切に連携できる体制の構築」とだけ記載されており、防衛省は出てこない。
「情報」は、時には一国の運命を左右する重要なインフラである。
5年前の2018年当時、このニュースが広く報道されていれば、海底ケーブルの安全対策は、盗聴の防止も含め、今よりももっと早く、政策として実行されていたのではないかと思うと歯痒い。
総務省は、光海底ケーブルの盗聴という行為を軽く見ていたのか、防衛省との情報連携はできていたのか気になる。
〇盗聴防止も民間まかせの海底ケーブル
海底ケーブルの保守は、NECやNTTワールドエンジニアリングマリン、KDDIケーブルシップといった会社が24時間365日体制で行っているが、総務省は、盗聴防止についても民間企業の役割と割り切っていた節がある。
英国では、21年3月に海底ケーブルは重要国家インフラであると位置付け、海底ケーブルを守るため、24年に海洋監視船を就役させるとし建造を指示している。
この海洋巡視船には、高度なセンサーと自律型海底ドローンが搭載され、海底ケーブルおよびエネルギー供給ケーブルの保護にあたるとしている。自立型海底ドローンは、おそらく光海底ケーブルの盗聴器を発見するための装備だろう。
いずれにせよ、英国は海底ケーブルの防護を民間の通信事業者の手に委ねるのではなく、軍が守る方針に転換したのだ。
日本も英国に習って、光海底ケーブルや原子力発電所などの重要インフラに関しては、自衛隊が守ることを考えるべきだろう。