「車中泊難民」50代で家がない…年収100万円、介護離職の過酷
10/27(日) 8:54配信
週刊SPA!
「車中泊難民」50代で家がない…年収100万円、介護離職の過酷
車上暮らしを始めて1年が過ぎた篠原雄二さん(仮名・52歳)
ますます広がる日本社会の格差。その日暮らしを強いられる年収100万円程度の人たちは、過酷な環境下でどのように過ごしているのか。今回は年齢とともに過酷さが増す中高年に注目。社会から見捨てられた漂流者たちのリアルを取材した。
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介護離職から家を失い、車上暮らしに
貧困問題について年間500件の相談を受ける社会福祉士の藤田孝典氏はこう語る。
「失業しても、家さえ失わなければ生活を立て直すことは可能です。しかし、一度ネットカフェ暮らしや車中泊を始めて住所不定となると新たに住宅を契約することは難しく、そこから這い上がるのは困難なんです」
日雇い仕事で糊口をしのぐ埼玉県出身の篠原雄二さん(仮名・52歳)は、母親の介護のため正社員として勤めていた自動車工場を離職したが、母親の死後は25万円で購入した中古の軽バンで暮らしている。「車中泊は一時しのぎだ」と飄々と語るが、ストレスの多い車上暮らしも1年がたち、辛さが身にしみる。
「週の大半は、通勤に便利な大宮公園で車中泊してる。夕焼け空を眺めながら公園の水道で体を拭くのが日課だけど、冬は辛いね」
激狭シートで寝る“軽バン”車中泊難民
愛車に家財道具と母親の遺骨を積み込んだ、篠原さんの車上生活。この夏は2度、熱中症になりかけた。公園の水道は、風呂代わりにも飲料にもなる生活必需品。猛暑日の夜は道の駅の障害者トイレにタオルを敷いて寝たこともあるという。
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<篠原雄二さんの漂流年表>
12歳 両親が離婚し、母子家庭に
15歳 中学卒業後、他県で溶接工になる
22歳 建設の現場を渡り歩く
46歳 介護のため退職。地元に戻る
49歳 母が他界し収入が消える
51歳 車中泊を始める
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日雇い仕事には波があり、収入は10万円に満たない月もある。年収は100万円程度。節約のため、1箱のカロリーメイトを朝・晩の2回で分けて食べたり、ドラッグストアの格安菓子パンを食べ、ガソリン代を確保する。不衛生な環境での生活で虫歯も悪化しており、慢性的な歯痛に悩まされている。
生活保護の申請も門前払い
「生活保護の申請もしたけど、『もう一度ハローワークへ行って、それでダメならまた来い』と門前払い。もう行かないね」
篠原さんのように、介護離職が漂流の引き金になるケースが増えていると藤田氏は指摘する。
「高齢者の介護保険は低所得者ほど利用料負担がのしかかり、自宅での介護が欠かせません。子どもが離職し収入がなくなれば、年金に依存した生活となり、親の死後は生活に困窮。廃墟化した実家からのSOSは後を絶ちません」
年間9万3000人が、介護・看護離職している
「介護離職ゼロ」を目標に掲げている安倍政権だが、実情は厳しい。平成29年に介護・看護のために離職した人は9万2900人で、10年間で2倍に増えている(厚生労働省「雇用動向調査」/平成29年)。男性3万5800人、女性5万7100人で、年齢では50代がもっとも多い(同)。
費用負担の少ない公営の特別養護老人ホームに入れるのは「要介護3」以上で、都市部では数年待ちもザラだ。民間の有料老人ホームは、月20万~30万円台かかる施設がほとんど。
やむなく、親を自宅介護するために仕事を辞める人も多い。だが、50代で離職してしまうと、次の仕事を見つけるのは至難のわざだ。篠原さんのような「介護離職貧困」は、まったく他人事ではない。
振り返れば断崖絶壁という絶体絶命のサバイバル生活を、中高年の漂流者たちは今日も目隠しのまま歩み続けている。
【社会福祉士・藤田孝典氏】
NPO法人ほっとプラス代表理事、反貧困ネットワーク埼玉代表、ブラック企業対策プロジェクト共同代表。著書に『下流老人』など多数
<取材・文/週刊SPA!編集部>
マクドナルド難民になった40代、年収は頑張って110万円。求人はブラック企業ばかり…
10/21(月) 8:54配信
週刊SPA!
マクドナルド難民になった40代、年収は頑張って110万円。求人はブラック企業ばかり…
ブラック企業を渡り歩き、中年マクドナルド難民に…平田正治さん(仮名・43歳)
ますます広がる日本社会の格差。その日暮らしを強いられる年収100万円程度の人たちは、過酷な環境下でどのように過ごしているのか。今回は年齢とともに過酷さが増す中高年に注目。社会から見捨てられた漂流者たちのリアルを取材した。
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リアル天気の子の末路は中年マクドナルド難民
世の中に報われない努力があるのは事実だ。しかし、貧しい生活を強いられる状況は「努力不足による自己責任」と言い切れるのだろうか。日雇い労働などの不安定な雇用と低賃金を理由に、本来なら寝泊まりが禁止される貸倉庫やゴミ屋敷化したネットカフェに住む人々の存在を報じ、読者から「貧困は自己責任」、「役所を頼れ」といった厳しい声が多数寄せられるなど、多くの反響を呼んだ。(「年収100万円台の衝撃。トランクルーム1畳半に住む40代に聞いた」2019年9月2日配信/「ネットカフェの“ゴミ屋敷化した半個室”に3年住む、37歳日雇いの窮状」2019年09月16日配信)
貧困問題について年間500件の相談を受ける社会福祉士の藤田孝典氏は、雇用の質の低下が漂流に繫がっているとも話す。
「中高年の貧困者の多くは、職を失う恐怖があることから仕事に対してまじめな人が多い。しかし、有効な求人票はブラック企業ばかりなので、職場環境に耐えきれず、うつ病を発症したことで難民化するケースは数え切れません」
大ヒット映画「天気の子」でも、主人公がネットカフェやマクドナルドを漂流するシーンが描かれていた。平田正治さん(仮名・43歳)は、運命の女性と出会わなかった場合の主人公の20年後か……。平田さんは専門学校卒業後、契約社員として複数のブラック企業を渡り歩いた。4年前、ついにうつ病を発症。現在、昼は派遣バイトで働き、夜はマクドナルドで寝泊まりしている。
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<平田正治さんの漂流年表>
20歳 専門学校卒業後、契約社員に
25歳 初めての転職を経験
26歳 ブラック企業を渡り歩く
38歳 パワハラが原因でうつ病に
40歳 シェアハウスに移り住む
42歳 マクドナルド難民を始める
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マクドナルド難民といえば、’06年頃にコーヒー1杯で24時間営業の店で朝まで過ごす生活困窮者が増えたことで社会問題化したが、まだ根深い問題として残り続けているのだ。
「年収は頑張って110万円ぐらい。深夜の日雇い仕事を入れたいけど、ない場合は24時間営業の店で100円バーガーと水だけで過ごす。初めの頃は渋谷センター街にいたんだけど、早朝に『大丈夫ですか?』と声をかけてくるボランティアが苦手で……」
そこで下北沢のマクドナルドを“定宿”にしたが、店内で寝泊まりする難民客が増え、深夜は着席できないシステムに変更されてしまった。ほかの店舗も続々と24時間営業を中止しており、平田さんはまたすみかを失いかけている。
「朝までいられる店があっても、横になると店員に起こされる。だから座ったまま寝ないといけないんで、首も肩もボロボロ。頼れる人もいないから、この生活を続けるしかない」
低所得者への家賃補助もない実情
貧困に苦しみながらも貯金もなく民間の賃貸住宅を借りられない中高年。そんな彼らが公営住宅などに入ることはできないのだろうか? 藤田氏はこう語る。
「公営住宅が住宅全体の3%にとどまり、低所得者への家賃補助もないのがこの国の実情です。社会的な構造が貧困を生み出しているのは否めません。セーフティネットが著しく弱い社会にもかかわらず、転落のきっかけが無限に存在するのです」
貧困な人間関係が人生を追い詰める
また藤田氏は、中高年の漂流者たちの“孤立化”についても指摘する。
「難民化する人の多くは、実家・親族と折り合いの悪い人が多く、人間関係も貧困。友人もなく、身近に救いの手を差し伸べてくれる人がいないんです」
振り返れば断崖絶壁という絶体絶命のサバイバル生活を、中高年の漂流者たちは今日も目隠しのまま歩み続けている。
【社会福祉士・藤田孝典氏】
NPO法人ほっとプラス代表理事、反貧困ネットワーク埼玉代表、ブラック企業対策プロジェクト共同代表。著書に『下流老人』など多数
<取材・文/週刊SPA!編集部>
※週刊SPA!10月8日発売号「年収100万円の絶望 漂流する中高年編」
―[年収100万円の絶望]―
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