昨日はエースの菊池投手の途中降板にかかわらず
延長戦を制していました。
昼休みに少しだけテレビで見ていたのですが
このときは追い上げられている真っ最中でした。
背番号5の右投手がマウンドにいるので「???」という感じでした。
しかしこの背番号5の投手でも140キロ台を連発しています。
しかしそれをカンカン打ち込まれていました・・
今の甲子園は本当に打力が上がっていますね~
敗れた明宝の今宮投手も150キロオーバー!!
それでも打たれてしまうんですから・・
大昔の話ですが
星稜高校が初のベスト4に進出した際のエース小松投手(元中日)
は当時快速球投手として注目されていましたが
確か最速138キロだったはずです。
※当時は甲子園にスピードガンが設置されていないので
スカウトが持ち込んだ機械の計測らしいですが・・
同じく星稜のエースで箕島と延長18回の死闘を演じた時のエースの
堅田投手は球速120キロ台だったと思います。
ちなみにこれも25年以上前ですが
私の最高球速は軟式で127キロでした・・
延長戦を制していました。
昼休みに少しだけテレビで見ていたのですが
このときは追い上げられている真っ最中でした。
背番号5の右投手がマウンドにいるので「???」という感じでした。
しかしこの背番号5の投手でも140キロ台を連発しています。
しかしそれをカンカン打ち込まれていました・・
今の甲子園は本当に打力が上がっていますね~
敗れた明宝の今宮投手も150キロオーバー!!
それでも打たれてしまうんですから・・
大昔の話ですが
星稜高校が初のベスト4に進出した際のエース小松投手(元中日)
は当時快速球投手として注目されていましたが
確か最速138キロだったはずです。
※当時は甲子園にスピードガンが設置されていないので
スカウトが持ち込んだ機械の計測らしいですが・・
同じく星稜のエースで箕島と延長18回の死闘を演じた時のエースの
堅田投手は球速120キロ台だったと思います。
ちなみにこれも25年以上前ですが
私の最高球速は軟式で127キロでした・・
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