今回の論文「Ⅷ.グアヤキルの野生動物におけるレプトスピラの存在とその
Leptospira icterohaemorrhagiae 及び
Leptospira icteroides の関係」では、ようやくワイル病のレプトスピラと黄熱病のレプトスピラの関係が免疫血清を用いて調べられている。
論文の要旨
グアヤキルで捕まえられた野ネズミとマウスの腎臓懸濁液をモルモットの腹腔内に接種することで、試験した野ネズミの67%が腎臓にレプトスピラを持っており、それはモルモットに日本又はヨーロッパで感染性黄疸になった患者由来又はニューヨークで捕らえた野ネズミ由来の
Leptospira icterohaemorrhagiae によって起こされるものと同じ症状と傷害を起こす。
免疫血清はグアヤキル・レプトスピラの異なる株をウサギに接種して作製した。これらの血清はホモの株に対して著しい凝集と殺菌効果を有していた。しかし他の出所の
Leptospira icterohaemorrhagiae の株に対しては、しばしば効果が弱かった。
Pfoiffer現象も陽性であることが分かった。そして
Leptospira icterohaemorrhagiae の有毒培養液での感染に対して防御が示された。
同じ血清は
Leptospira icteroides に対して効果がないか又は非常に少なかった。
icteroides株を接種したモルモットはグアヤキル・ネズミ株で作製された免疫血清の使用によって目立った防御はされなかった。
レプトスピラのグアヤキル株の不活化培養液を接種したモルモットは
Leptospira icterohaemorrhagiae のホモの株と同様にヘテロ株での感染に対して抵抗することが分かった。
そこでグアヤキルで野ネズミとマウスの腎臓から分離されたレプトスピラは
Leptospira icterohaemorrhagiae のグループに属し、免疫反応で
Leptospira icteroides と異なると結論づけられる。
コウモリと袋ネズミの腎臓材料で陽性の伝染は得られなかった。(以上)
この論文は「黄熱病の病因学」の一連の論文としては不似合いな論文である。なぜなら内容はグアヤキルでネズミから分離されたレプトスピラはワイル病の病原体である
Leptospira icterohaemorrhagiae であると言うもので、
Leptospira icteroides については付録的に記載されているだけであるからである。
本来ならば黄熱病の病原体とする
Leptospira icteroides の免疫血清を作製して、
Leptospira icterohaemorrhagiae との反応を見るべきであったであろう。
野口はそれに気がついていたが、そう出来なかったのではないだろうか。
「野口英世はなぜ間違ったのか(11)」に記載したように野口は上司であるFlexnerに宛てた手紙に黄熱病患者から分離した
Leptospira icteroides は持参した免疫血清(
Leptospira icterohaemorrhagiae に対する免疫血清と思われる)でモルモットを防御したと書いている。このことは、現在考えても当然の正しい結果である。
しかし、今回の論文では、その免疫血清を使用せずグアヤキルで分離した3株の免疫血清を使用して
Leptospira icteroides の3株と反応させている。これも不自然な試験である。まだ良く分からないグアヤキル株ではなく既に分かっている日本株などの免疫血清を使用するべきであったであろう。
結果的にはグアヤキル株も日本株と同じ
Leptospira icterohaemorrhagiae だとすると、この免疫血清に
Leptospira icteroides の3株が反応しなかったことはありえない結果である。
現在、レプトスピラには200以上の血清型が知られている。同じ icterohaemorrhagiae のグループでもいくつかの血清型が知られているが、全く反応しないことはない。かなりの交差反応がある。
野口は免疫血清に反応することは、どのようなことを意味するかを十分知っていた。従ってFlexnerに手紙を書いた時点で、
Leptospira icteroides は
Leptospira icterohaemorrhagiae であることを知っていた。しかし、黄熱病の病原体を発表してしまい、後に引けなくなったのではないだろうか。従って今回の論文にあるようにグアヤキル株の免疫血清に
Leptospira icteroides の株が反応しないと書かざるを得なかったのではないかと思われる。