65歳以上の高齢者人口が推計で3500万人を超えた。医療や介護といった社会保障制度は見直しを迫られ、支払い能力に応じて高齢者にも負担を求める流れが続く。さまざまな負担が積み重なる「大負担増時代」を迎え、高齢者の家計はどんな影響を受けるのか。丁寧な検証が欠かせない。(編集委員・清川卓史)

 高齢者の負担増は、医療や介護で今年度から来年度にかけて段階的に進んでいく。今回の制度見直しがほぼ実施される来年8月時点の負担は、今年3月時点と比べてどうなるのか。

 東京都内で一人暮らし、年金収入が年211万円ある78歳の男性。こんなモデルを想定してみる。

 持病があって通院を繰り返し、さらに急病で入院。医療費が月60万円かかったとする。自己負担割合は1割だが、「高額療養費」の制度で負担する月額の上限は決まっている。この男性の所得と年齢では、今年8月に4万4400円から5万7600円に上がった。

 75歳以上が対象の後期高齢者医療制度の保険料も中程度の所得層で段階的に上がっている。この男性の所得なら月2千円以上の値上げに。医療費と合わせ、負担月額は計1万5千円以上増える計算だ。

 医療だけでなく、介護の負担も増す。

 次に、年金収入が年290万円で82歳の夫と年80万円で80歳の妻の夫婦世帯のモデルを想定する。

 夫は訪問介護や通所介護などのサービスを月25万円分利用。自己負担割合は2割だが、「高額介護サービス費」で月額に上限がある。この上限も今年8月に見直され、この夫の所得なら3万7200円から4万4400円に上昇した。

 妻はこの月、体調を崩して複数の病院に通い、20万円の医療費がかかった。自己負担の月額上限は1万2千円から段階的に1万8千円になる。夫婦では、合計約1万3千円の負担増だ。

 これらは社会保険労務士の井戸美枝さんの協力を得て試算した結果だ。いずれのモデルも中程度以上の所得層。医療や介護の負担が長期間にわたり重くなった場合、さらに軽減する仕組みもある。それでも月1万円余りの負担増は軽視できない。

 ログイン前の続き井戸さんは「制度の見直しがトータルで家計に与える影響は、専門家でもとらえにくい。特に年金から天引きされる社会保険料は上がり続け、手取りの生活費が減る。将来の負担増が見えず、不安が広がってしまう」と指摘する。

 負担感は社会保障以外にも広がる。消費税率は引き上げの途上だ。水道料金は上昇が続き、人口減などの影響で今後30年間で約6割の値上げが必要という日本政策投資銀行の試算もある。一方、年金は長期的に目減りしていく。

 負担増がじわりと広がり、高齢者の家計に低温やけどのような深刻な打撃を与える恐れがある。

■負担増、中間層にも

 負担増が押し寄せるのは、医療費や介護費が膨張し、今の税収や保険料で財源を賄いきれなくなっていることが背景にある。

 1人あたりの医療や介護の費用が多くなる75歳以上は急増。2025年には「団塊の世代」がすべて含まれ、全人口の18%を占めることに。社会保障の給付費は25年度で150兆円に迫る見込みで、12年度と比べて介護は2・3倍、医療は1・5倍に増える。

 保険料や税金を多く負担する現役世代は減っていく。だから、負担能力がある高齢者に応分の負担を求めることは避けられない。

 ただ、高齢者の負担増は「一定の所得がある」とみなされた中間層にも広がっている。介護サービスの自己負担割合は、15年8月から単身で年金のみの収入が年280万円以上あれば1割から2割に。年344万円以上なら来年8月から3割負担になる。

 介護保険の電話相談などを受けている市民福祉情報オフィス・ハスカップの小竹雅子さんは「2割負担を導入したとき、『毎月の負担に上限額があるから影響は抑えられる』と国は説明した。だが、今年8月からその上限額自体が引き上げられた。時間差攻撃のようなものだ」と懸念する。

 今後も75歳以上の患者の窓口負担など、さらなる負担増が検討されている。

 東海地方の50代の女性は、要介護5の認知症の母親の介護のため仕事に就いていなかった。母親の医療や介護の保険料は払っていたが、自らの国民健康保険料は滞納。子宮肉腫の受診が遅れ、亡くなった。

 約1800の病院や診療所などでつくる全日本民主医療機関連合会がまとめた16年の「経済的事由による手遅れ死亡事例調査」に記された事例の一つだ。

 介護保険料滞納のペナルティーとして自己負担割合が1割から3割になった人は15年度で1万人を超す。社会保障の安全網からこぼれ落ちる事例は今後、中間層にも広がりかねない。

 政府は13年、年齢を問わない「能力に応じた負担」の理念を明確に打ち出した。この理念に基づく制度見直しの影響が顕在化し始めた今こそ、その痛みの検証も真剣に考えるときだ。

 今年5月には国会で、介護の2割負担の影響分析を求める付帯決議がなされた。介護にとどめず、制度の枠を超えた多面的な分析が必要だ。「一定の所得」による線引きも含め、負担増の影響を専門に検証する常設組織を設けてもよい。

 その上で、まず障害福祉や保育も含めた社会保障の自己負担総額に上限を設ける「総合合算制度」を導入してはどうか。消費増税に伴い検討され、立ち消えになったが、制度ごとに縦割りの負担増を抑制できる仕組みの一つになる。

 それでも苦境に追い込まれる人は出てくる。「最後の安全網」である生活保護は、より柔軟に利用しやすくしなければならない。

 多重負担が避けられない時代だからこそ、こうした取り組みが不可欠だ。それを抜きには、老後破綻(はたん)への不安は抑えられない。