・今夜は男性は昭和党のみ、
対する女性は老母と私、ミド嬢である。
今夜は鯛の塩焼き、胡瓜と穴子の酢のものなど、
いろいろあれど、絶品はミド嬢が作ってくれた、
鯛のあらの潮汁。
これは私がやると、
生臭くなってダメだが、ミド嬢のは美味だ。
<うん、たしかにうまい。
料理が巧うて、仕事が出来るなんて、
ミドちゃんは文武両道の達人やなあ>
と昭和党もひと口すすって感じ入る。
あらを塩で煮たお汁(つゆ)が、
なんでこうおいしいの、
と知らない人は思うかもしれないが、
これが玄妙なる魚の味の、すごいところ。
<あんた、女はみな文武両道ですよ>
大正の女学生たる老母は、
古風な言葉がでると、とみに、活気づく。
<何しろ、あたしらの世代の男は、
戦死したり病死したりしたのが多かった。
後家さんが頑張って家を守って子供を育てたんですよ。
家のことみて、外で働いて、お金を稼いでくる。
後家が頑張ればこそ、戦後の日本は支えられたんや。
後家が頑張ればこそ、日本は立ち直ったんですよ>
気炎、当たるべからずという老母に、
昭和党もうなずき、
<そうです、いや、ほんま>
と酒を手酌でつぎつつ、
<うちの親父も、
戦死こそしまへんでしたけど、
家は空襲で焼けるわ、
戦後、商売もたちゆかんようになって、
ぼけ~っと、毎日腑抜けみたいになって、
ふとんかぶって寝てましたで>
<あ、それそれ>
と老母もいう。
<亭主がアテにならへんさかい、
おなごが働き出した>
<ウチのお袋も、かつぎ屋するわ、
焼け残りの着物を闇市で売ってくるわ、
死にもの狂いで働いてくれた。
ぼくらもお袋と一緒に殺人列車に乗って、
よう米の買い出しにいったもんですわ>
しみじみ述懐派の昭和党に比べ、
老母の気炎はますますあがる。
<あの頃の女で、
ぼけ~っとしてる女なんか、
いやへんかった。
良家(ええし)の奥さんも、貧乏人のおばちゃんも、
みな、まっ黒になって働いた。
日本の男はアテにならん、
と骨身にこたえましたわいな。
文武両道どころやない、
後家に非ずんば、人に非ず、というて欲し>
<おかあさま、もうその辺で・・・>
ミドちゃんはハラハラする。
<昂奮して、のぼせられたら、大変ですわ。
もう一杯、熱い潮汁でもいかがですか>
老母は耳にも入れず、
<みなさい、
ここにいるのもみな後家や。
あたしゃ長いこと後家で、長後家、
セイコも・・・>
私は口をはさむ。
<とりあえずただ今は後家、
というところね。今後家>
<ミドちゃんは?>と老母。
ミド嬢はつんとして、
<あたくしは現役パリパリのシングルでございますわ>
<嫁かず後家、いうことやないかいな>
後家集団ということになった。