むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

最終章、日本の後家

2023年03月31日 14時41分07秒 | 「なにわの夕なぎ」










・今夜は男性は昭和党のみ、
対する女性は老母と私、ミド嬢である。

今夜は鯛の塩焼き、胡瓜と穴子の酢のものなど、
いろいろあれど、絶品はミド嬢が作ってくれた、
鯛のあらの潮汁。

これは私がやると、
生臭くなってダメだが、ミド嬢のは美味だ。

<うん、たしかにうまい。
料理が巧うて、仕事が出来るなんて、
ミドちゃんは文武両道の達人やなあ>

と昭和党もひと口すすって感じ入る。

あらを塩で煮たお汁(つゆ)が、
なんでこうおいしいの、
と知らない人は思うかもしれないが、
これが玄妙なる魚の味の、すごいところ。

<あんた、女はみな文武両道ですよ>

大正の女学生たる老母は、
古風な言葉がでると、とみに、活気づく。

<何しろ、あたしらの世代の男は、
戦死したり病死したりしたのが多かった。
後家さんが頑張って家を守って子供を育てたんですよ。
家のことみて、外で働いて、お金を稼いでくる。
後家が頑張ればこそ、戦後の日本は支えられたんや。
後家が頑張ればこそ、日本は立ち直ったんですよ>

気炎、当たるべからずという老母に、
昭和党もうなずき、

<そうです、いや、ほんま>

と酒を手酌でつぎつつ、

<うちの親父も、
戦死こそしまへんでしたけど、
家は空襲で焼けるわ、
戦後、商売もたちゆかんようになって、
ぼけ~っと、毎日腑抜けみたいになって、
ふとんかぶって寝てましたで>

<あ、それそれ>

と老母もいう。

<亭主がアテにならへんさかい、
おなごが働き出した>

<ウチのお袋も、かつぎ屋するわ、
焼け残りの着物を闇市で売ってくるわ、
死にもの狂いで働いてくれた。
ぼくらもお袋と一緒に殺人列車に乗って、
よう米の買い出しにいったもんですわ>

しみじみ述懐派の昭和党に比べ、
老母の気炎はますますあがる。

<あの頃の女で、
ぼけ~っとしてる女なんか、
いやへんかった。
良家(ええし)の奥さんも、貧乏人のおばちゃんも、
みな、まっ黒になって働いた。
日本の男はアテにならん、
と骨身にこたえましたわいな。
文武両道どころやない、
後家に非ずんば、人に非ず、というて欲し>

<おかあさま、もうその辺で・・・>

ミドちゃんはハラハラする。

<昂奮して、のぼせられたら、大変ですわ。
もう一杯、熱い潮汁でもいかがですか>

老母は耳にも入れず、

<みなさい、
ここにいるのもみな後家や。
あたしゃ長いこと後家で、長後家、
セイコも・・・>

私は口をはさむ。

<とりあえずただ今は後家、
というところね。今後家>

<ミドちゃんは?>と老母。

ミド嬢はつんとして、

<あたくしは現役パリパリのシングルでございますわ>

<嫁かず後家、いうことやないかいな>

後家集団ということになった。






          



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