・姫君の可憐な泣き声は、
気付くといつの間にか「ク、クク・・・フフフ・・・」
と含み笑いになっていられる。
おれは内心合点した。
(そうか、兄君がなるほど、動じられなかったはず。
竹の節を砕き折るなんて、さしもの力持ちの兄君の君でも、
金づちで砕かなんだら、できることではない。
それをこの姫君は指一本でひねりつぶされた。
この賊め、姫君がその気になられたら、
たちまち押しつぶされるだろう。
また、なんてたいした力持ちだ・・・」
おれがそう思うくらいだから、
賊の男もそう思ったに違いない。
こんな力持ちを相手にしては、
刀で突いても、その前に五体バラバラにされるのが、
落ちと急におじけづいたらしい。
やにわに姫君を捨てて外へ走り出した。
飛ぶように逃げたが追っ手は大勢。
どこまでも追いかけて捕まえ、
光遠のぬしのもとへ連れてきた。
光遠のぬしは、
「お前は何だって人質を放りだして逃げたのだ?」
「追われて逃げ場を失いましたゆえ、
普通の女人のように思うて、人質にいたしました。
こりゃうまくいった、この人質で逃げられると思いましたのに、
あのお方が篠竹を指先でへし折られるのを見ました。
この剛力では腕の一本も折られるかもしれぬと、
急におぞけをふるって逃げました」
光遠のぬしは大笑いされて、
「腕の一本ですむものか。
何ぞ危害を加えてみい。えらいことになるぞ」
「お助けを」
「あの妹はな、この光縁の二倍の力持ちなのだ」
賊の男は、今はものも言えず、わなわなと震えるばかり。
「あれは、あんな風になよなよとして見えるが、
おれがたわむれに腕でもつかむと、
たちまちおれの腕をつかむ。その力の強いこと、
おのずとおれは指が広がって放してしまう。
あたらあんな力持ちが女に生まれたことよ。
男に生まれていれば無双の相撲人になって、
おれのいい相手ができたろうに、惜しいものよ」
そう聞くと賊は生きた心地もなく、
さめざめと泣き出した。
「そんな恐ろしい力持ちのお方とは存じませず、
怖いことを致しました。命だけはお助けを」
「本来なら殺すところだが、妹に怪我がなかったことでもあり、
あべこべに貴様の方が殺される所をあやうく逃げたのだから、
この上強いて殺すには及ぶまい。
これからはおろかなことをするなよ」
「は、はい・・・」
「よく命があったものよ、貴様は」
そういって光遠のぬしはその男を逃がされた。
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・その姫君のその後はって?
よき婿どのを迎えられたが、
その後はとんと力をお示しなさることはなかったそうな。
それだけ幸福で、平和な人生だったということだろうなあ。
仲睦まじく過ごされたというよ。
それはよく想像できる。
かの姫君が、賊に押さえられて泣き声を立てるふりをしながら、
荒い篠竹を折られる時に、たまらず忍び笑いをもらされた。
あのお茶目な可愛さ。
婿どのはきっと、
姫君の大力、剛力を愛されたのではあるまいさ。
あのお茶目な可愛さを愛されたのだろうだからな。
しかし兄者のぬしの言われる通り、女には惜しいもの、
これで見ても、女はわれら男にはうかがい知れぬものを、
秘めているかもしれぬなあ。
草むらの露が光ると思ったら蛍ではなくて、
夏の月が空にあるのであった。
巻二十三(二十四)
(了)