「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

11、明石 ②

2023年09月26日 06時38分39秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・良清が源氏のところへ来ていった。

「明石の入道が私に話があると、
申すのでございます。
入道とは播磨にいたころからの知り合いですが、
私ごときに面白くないことがございまして、
それ以来、疎遠になっておりましたのに、
この雨風のさわぎにまみれて、
何をいって来たものでございましょう」

良清が面白くないこと、
といったのは、多分良清が、
入道の娘に求婚して拒絶されたことを、
いうのであろう。

源氏は夢が思いだされた。
夢の中で父院は、

(舟を出してこの浦を去るがいい)

といわれたが、
もしやそれに関連のあることではないか。

「早く会ってまいれ」

良清は早速行った。

「これは久しぶり」

入道は良清を迎えていう。

「よく、あの嵐の中、
舟が出せましたな」

「それが不思議なのです。
夢の中に怪しの者が現れまして、
舟の用意をして待ち、
須磨の浦へ着けよ、
というのでございます。
夢の当日は折も折、ひどい嵐。
ともあれ、お告げにそむくまいと、
舟を出しましたところ、
ふしぎな追い風が吹いて、
ここへ飛ぶがごとく着きました。
まことに神のおみちびきとしか、
思えませぬ。
もしや源氏の君にも、
お心に思い当たることはございますまいか。
お差支えなくば、
夢のお告げに任せ、
ここから明石の浦へ、
お迎えしたいのでございます」

源氏は良清の報告を聞いて、
しばし思いにふけった。

まさしくわが夢と一致するのは、
神仏のおさとしと、
源氏にも思われた。

軽率に居を移すと、
そしりを受けるかもしれないが、
どうせ流罪の身、
今さらなんの世間をはばかることがあろう。

明石の入道とやらのすすめに、
従おうと源氏は思った。

そのことを入道に告げると、
入道は限りなく喜び、

「ともかく、
夜の明けぬ先に御舟にお乗り下さいまし」

ということで、
いつもの側近四、五人ばかりと、
源氏は舟に乗りこんだ。






          


(次回へ)

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