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・明石の浦の風趣は、
なるほどかねて聞いていたように、
美しかった。
ただ、人の往来の多いのが、
源氏の本意にそむいたが、
入道の領地は海辺にも山手にもあって、
よく手入れされ、
いかにも富裕な土地の長者のたたずまいである。
風流な波打ち際の苫屋が作ってあり、
荘厳な念仏堂もあり、
更には倉もあって、
不自由ない暮らしを入道はしている。
源氏が舟を下りるころ、
日がようやく昇った。
入道は源氏をほのかに見て、
(なんと美しいお方だろう。
こんな高貴な美しい方を、
わが家へお迎えできたとは)
と心をこめて世話をする。
高潮を怖れて、この頃、
娘や北の方は山手の家に移っていたので、
源氏はこの浜辺の邸で、
ゆっくり暮らせるのだった。
この住居は都の貴族のそれに劣らなかった。
明石は須磨より明るく、
住みやすかった。
源氏は少し心落ち着いてから、
京へ手紙を書いた。
源氏がまず書くのは、
藤壺入道の宮にあててである。
九死に一生を得て、
亡き父院に助けられたことなど、
語り続ける相手は、
まず入道の宮であった。
大雷雨のすさまじさ、
つい近くで落雷を見た恐ろしさ、
それらを書きつづって宮に甘えたかった。
紫の君への手紙には、
彼女を心配させるようなことは、
書かなかった。
こんな恐ろしい目にあうのだから、
やはり伴わなくてよかった、
と思うものの、
明石へ移ってから更に遠ざかった、
と思うと恋しさは堪えがたい。
惟光たちもまた、
それぞれの家族にあてて、
便りを托した。
空は今はすっかり晴れて、
漁師たちも漁に出かけてゆく。
明石の入道も、
源氏から見ると、
気持ちのよい人柄だった。
仏道修行に専念している、
さっぱりとした気性の上品な老人だった。
六十くらいで、
清らかに痩せている。
生まれがよいのか、
態度も心ざまも高雅にゆかしかった。
ただ、この入道、
清らかな仏弟子の生活を送りながら、
こと娘に関するかぎり、
俗世の執着をむきだしにするのを、
源氏はおかしく思った。
入道は源氏に娘のことを、
しきりにほのめかす。
源氏はかねて美女だと聞く入道の娘に、
ふと心動くことはあるものの、
いまの境遇では考えられないことだった。
それに都では紫の君が、
源氏の帰りを待ちわびている。
あの可憐な君のことを思うと、
とうてい裏切ることは出来なかった。
それで源氏は、
かりにも入道の話に乗るさまは、
見せなかった。
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(次回へ)