・私は美味しいものを気軽に作る食通を尊敬する。
自分だけ食べるのではなくて、他の人に食べさせ、
「どう?いけますか?」
食べさせられた人は「美味しい!」と叫び、ほめる。
自慢というのではないが、
「これはナニとナニを炒めて熱いうちに」とか、
「中華の材料店に行けば売ってる・・・」
という風にしゃべる人が好き。
結局、美味しく食べる要素というのは、
食物自体が40%、あと40%が一緒にテーブルを囲む人間、
20%がまわりの環境、これが私の実感である。
いやな奴とモノを食べるくらい苦痛なことはない。
私が美味しいと思う店は、店の人の気持ちがよいとか、
親しい友人と行くから。
いくら美味しい店でも親父さんが偏屈だとか、
店の人が不親切だとか、行列して待つだとかは、
美味しいとは思えない。
これはなんてことはない。
私がトシをとって気難しくなっただけのことであろう。
・京都、これはお土産をもらうのにいい町である。
私の原作をテレビドラマにしてもらった時、
京都撮影所から来るプロデューサーの人は、
ひりょうずの十個とか、「いづう」のサバ寿司二本、
なんていうお土産をいつも持ってきてくれて、
私は嬉しかった。
編集者の人も、京都で用を済ませて、
「八百三」のゆずみそ一鉢とか、若狭がれい二枚、
持ってきてくれたりする。
私は神戸や大阪を別にすれば、
博多の町が日本中でいちばん好きだ。
博多はいつ行ってもいいが、
あまり暑いときや寒いときは町を歩くのが大変なので、
春や秋がいい。
アジやヒラメの刺し身、肉のたたき、牛テールのシチュー、
などで焼酎のお湯割りを飲む。
バーも個性があっていい。
翌日は唐津へ行く。私は虹の松原が好きで、
これを見ながら車で走るのを楽しみにしている。
鏡山ドライブウェイを上って、五月のころならツツジが満開。
唐津の料理旅館で食事をする。
海の見える部屋で、イセエビやアワビの刺し身、
イカの酢の物、車エビの炊いたの、カマスの塩焼き、
それにおしゃべりと潮の香を飽食して帰ってくる。
・大阪生まれの大阪育ちなのに、
私は大阪の食べ物をご紹介できなくて申し訳ない。
ただ、大阪のうどんの美味しさは、
知ってる人でないと伝えにくい。
私はヨソの町の人もうどんが好きだとばかり思っていた。
ところが、いろんな人に話を聞いているうちに、
「うどんはまずいからきらい」「代用食でしょう、つまり」
という発言にびっくりし、
(やっぱり、うどんは大阪の地方食なのかなあ)
と思った。
うどんですらそうであるから、
戦後広がった「お好み焼き」などは「見たこともない」
とおっしゃる方もあった。
しかし、私は大阪の「きつねうどん」とか「お好み焼き」は、
「吉兆」や「瓢亭」の料理に劣らないと思っている。
きつねうどんの、あのまったりしたお汁(つゆ)は、
決してうす味でなく、実に複雑な味で、
あれは家庭で出そうとしても出ない味である。
私は昆布とかつおとしいたけで作ってみたが、
駅の立ち食いうどんほどの味すら出ない。
やはり、うどんは「うどん屋」へ行くのが一番だと思った。
まったりしたお汁(つゆ)に、しこしこしたうどん、
座布団ほどもある油揚げをふんわり甘辛く煮て入れたもの、
「きつねうどん」の美味しさを思うと、私は頭を垂れてしまう。
作家というもの、一所不在、芸術を求めて精進するもの、
と奥の細道に旅立つ前の芭蕉のようなことを考えるが、
実をいうと、きつねうどんのある関西文化圏から離れることは、
私には到底、出来ぬのである。
きつねうどんは家では作れないが、
お好み焼きは家でかなりの味のものが作れる。
戦前からあり、屋台でひいて来て「一銭洋食」といっていた。
メリケン粉を溶いたものを鉄板で丸く焼き、
キャベツ、紅生姜のみじん切り、天かす(天ぷらの揚げカス)、
ネギ、かつお節などを振って、また上にメリケン粉をかけ、
裏返して焼いてソースを一はけ、という簡単なもの。
私が女学生のころ、
「お好み焼き」という名称が東京から流行って、
店になったりして、大の男たち同士が利用していた。
昭和十八年ごろまであったが、
お好み焼き屋は大抵、不良の巣で、
私たちは父兄同伴でないと入れなかった。
戦後、店の方も客が勝手に焼くから、
人出もかからないので、やたら流行った。
薄力粉を水溶きしたものに、山芋をすりおろしたもの、
それに卵を割り入れる。
ここへキャベツの刻んだもの、天かすを混ぜ合わせる。
この時、豚肉やイカやタコを入れてもよい、
上にノリを置いたり、かつお節や紅生姜のみじん切りを散らすが、
両面焼き上がって、上にぬるのは、トンカツソースに限らない。
ケチャップ、マヨネーズ、あるいはしょう油、ウスターソース。
これは熱々を端からオコシで切って食べるが、
決して辛くはないのに、やけにのどの乾く食べ物で、
ビールがいちばん合う。
お好み焼きにビール、
これはいかに太らないでいようと思っても太ってしまう。
きつねうどんといい、お好み焼きといい、
私にとっては極上の美味。
(1980年 9月)