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・主上に献上すべく、
紫の君と絵を選んだ源氏。
あの須磨・明石の絵日記を取り出して、
よい機会なので紫の君に見せた。
あわれ深い絵のおもむきである。
源氏にとっても紫の君にとっても、
逢えなかったあの歳月の苦しみは、
生涯忘れられぬ悲しい記憶だった。
源氏が京を去る日の別れ、
嵐の日々の恐ろしさ・・・
須磨の絵日記を見ると、
紫の君は、あのころのことが思いだされて、
「どうして今までお見せ下さらなかったの」
と怨む。
「こんな絵を見れば、
よけいあなたは淋しくなると思ってね、
あなたには見せなかったのだ」
源氏の耳に、海の潮騒、雁の鳴く声が今も残る。
あのすさまじくも物悲しい海辺に、
とても可憐な人を住ませられなかった。
流浪の辛苦も一人で堪えて、
紫の君に、その辛さを味わわせたくなかった。
愛する紫の君は、
浮世の雨風に当てず、
ひたすら大事にして庇いたいのである。
しかし、継母・藤壺女院には、
わが越し方のさまざまを打ち明けたい。
女院にはぜひこの絵日記を差し上げたい、
と源氏は思う。
女院との長い、そして深い心の交流の歴史が、
そう思わせるのであろう。
須磨での蟄居中、
源氏は贖罪の精進生活に明け暮れた。
その罪悪感を共有するのは女院しか、
いられない。
あざやかに描かれた、絵日記の、
ことに出来のよいのを、
女院に献上すべく源氏は選びながら、
明石のひとはどう過ごしているかと、
ひそかに思う。
源氏が絵を集めていると聞いて、
権中納言も負けじと絵巻物の、
制作に夢中である。
三月十日ごろ、
空もうららかにたのしげな季節。
御所でも三月は行事のないときなので、
人々は暇をもてあまし、
絵の比べ合いなどに打ち込んで日を過ごしている。
「同じことなら、
帝がよりいっそう興深く、
思し召すようにしてさしあげよう」
と源氏は思いつき、
気を入れて絵巻物を集めた。
弘徽殿方、梅壺方、
どちらもさまざまな絵を集めていられる。
藤壺女院も御所にいられるころで、
あれこれ絵をご覧になって、
もともとお好きなこととて、
勤行も怠りがちになられるほどだった。
源氏は御所へ参内して、
絵についてのさわぎを面白く思った。
「同じことなら、
主上のおん前で勝ち負けを決めたらどうだ」
といったので、
ますますおおがかりなことになった。
源氏は、こんなこともあろうかと、
ことに立派な名作は手もとに残しておいたのだった。
今度の絵合わせには、
それらに加えて、
須磨・明石の絵日記二巻も入れた。
権中納言のほうも、負けてはいない。
いよいよ督励して、絵を集めさせた。
「今度の絵合わせのために、
新しく描くのはつまらないことだ。
手持ちの絵で勝負しましょう」
と源氏が言うのだが、
権中納言は、秘密の部屋を作らせ、
ひそかに描かせていた。
梅壺(斎宮の女御)が勝つか、
弘徽殿(権中納言の姫君)が勝つか、
それはやがてそのままに、
女御方の地位の象徴のように、
世間は見るであろう。
負けられない、と、
女御方の庇護者たちが挑みごころを持つのも、
むりからぬことなのであった。
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(次回へ)