「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

15、絵合 ①

2023年10月25日 09時00分53秒 | 「新源氏物語」田辺聖子訳










・前の斎宮(六條御息所の姫宮)のご入内もことを、

(帝の代替わりで伊勢の斎宮の任を解かれ、
都に戻られた姫宮を、
源氏の兄・朱雀院が交際を申し込まれ、
源氏と継母の藤壺入道の宮は、
この姫宮を二人の実子である今上帝の、
冷泉帝へ入内させようともくろんでいる)

藤壺女院は熱心にうながされていた。

源氏は、
母の御息所が亡くなった今、
姫宮は後見人がいられないので、
お世話をしてあげなくては、
と思うのだが、
退位された兄君・朱雀院のお気持ちを思って、
表立った後見役となるのは遠慮した。

それで姫宮を私邸の二條院へお迎えするのは止めて、
表面は関係ないようにつくろいながら、
内々ではご入内の準備万端をお世話していた。

朱雀院は恋しい人を帝に奪われるのを、
残念に思われたが、仕方がない。

そして入内当日、
見事な贈り物を届けられた。

朱雀院は昔から、
おやさしいご気性の君でいられるので、
このたびの失恋も、
お怒りにならず、
ひそかなため息と共に、
一人嘆いておられるのみ。

源氏も無理な恋ほど執着するので、
院のお心の辛さがよくわかり、
おいたわしくてならない。

(朱雀院・源氏・冷泉帝ともに、
表向きは父を桐壺院とする兄弟であるが、
冷泉帝の実父は源氏である)

斎宮としてはじめて宮廷で逢われたときに、
はじまった朱雀院の恋が、
いまこうして年を経て、
斎宮の任解け、京へ戻られ、
やっと思いが叶うとなったのに、
突如、恋しい人は他に奪われた。

しかも相手は弟君とはいえ、
おそれ多くも主上であるから、
あらがうすべはない。

朱雀院の心中はどうであろうか。

今は御位も去られ、
権勢も離れられた淋しいお身の上を、
恨めしく思し召すこともあろうかと、
源氏はお気の毒な心地に責められる。

自分が院のお身になっても、
きっと心さわぐと思うと、
辛かった。

だが、人の子としての源氏は、
兄君に心から同情し、
いたわしく思いつつも、
政治家としての源氏は情に溺れることはない。

姫宮もまた、
政治家・源氏にとっては持ち駒の一つであり、
当帝の後宮に入れて、
自分の権勢の一翼を担うべき役目を、
ふりあてている。

朱雀院は、
女にも見まほしいほどのご美男で、
それに姫宮もお美しく、
お年頃もちょうどよいご配偶といえる。

むしろ少年の主上とよりも、
院のほうが好伴侶であろう。

それなのにこうも無理を押し通すのを、
姫宮は内心、不快に思し召されているのでは、
と源氏も気をまわして考え、
胸もつぶれるほど思い悩む。

しかし今となっては、
中止することは出来ない。

兄・朱雀院に遠慮して、
公的な親代わりとせず、
ただお喜びを申し上げに来た、
というようにつくろっている。

以前から姫宮の邸、六條邸には、
よい女房が多かったから、
姫宮の、いやもはや、女御とお呼びする、
おそばには優雅で高尚な雰囲気があふれている。

(ああ、母君の御息所が世においでなら、
どんなにこのご入内を喜ばれて、
いろいろとお世話をなさったことだろう)

と源氏は思った。

あれほど高雅な教養高い方はいられなかった。

何かの折につけて、
源氏は御息所を思いだす。




          


(次回へ)

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