
<みかきもり 衛士(えじ)のたく火の 夜はもえ
昼は消えつつ ものをこそ思へ>
(宮中の御門を守る衛士らが
警備のかがり火を
夜な夜な焚く
あの火のように
私の思いは夜になると燃えさかり
昼は火が消えるように
心も消え入るばかり
あの人への恋にこがれて)
・王朝の宮中の夜は、暗くなるにつれ、
そこかしこで焚かれるかがり火からはじまる。
楽しいことも心憂きことも、
秘めやかな嬉しさも、妖しい呪いも、
憎しみも怨みも、ともにこめて王朝の夜は、
くりひろげられる。
そして夜っぴて、警護のために焚かれる、
衛士の火は、ぱちぱちと燃えて、
夜空を焦がすのである。
この「衛士」は、
みかきもり(御垣守)というように、
皇宮を守護するガードマンである。
応募するわけではない。
全国の軍団の兵士から優秀な者が選抜され、
京へ集められ、衛門府の左右の衛士府に配属される。
三年交替であった。
公事の雑役、宮殿の清掃などという仕事もあったが、
いちばん重要な任務は、皇宮警護である。
衛士は職務上、内裏の庭にも出入りするので、
ふしぎなものを見聞きし、
また自身もその主人公になったりする。
『更科日記』には衛士にまつわる伝説、
「竹芝寺」の物語がある。
古い代の伝説である。
あるとき東国武蔵の国から召された衛士が、
御殿の庭を掃きつつ、ひとり言をいっていた。
<あ~あ、
なんでこんな辛い仕事をしなきゃならねえんだ、
郷里がなつかしいなあ。
おれたちの国じゃ、
ずらりと酒壺を並べ、
瓢箪のひしゃくをその上にかけてある。
そいつをきゅっと飲んで青空を見ながら眠っちまうんだ、
あ~あ、国へ帰りてえや、
こんな仕事はいやになった>
それを帝の皇女が御簾の中で聞いていられた。
男の話が面白くて、男を側に召して、
<それが見たいわ、私を連れて行って、見せて>
とおっしゃった。
衛士は仰天して、
勿体ない、恐れ多いことを、
といったんはことわったが、
重ねての仰せがあったので、
これも前世の因縁かもしれんと思い、
姫君を背負って出奔した。
天皇も皇后も動転されてあちこち捜されたが、
このとき耳寄りな情報が入った。
原典では、
「武蔵の国の衛士のをのこなむ、
いと香ばしき物を首にひきかけて、
飛ぶように逃げける」
姫君のたきしめられていた香が、
あとへ残っただけで、
さだかにその物は見えなかった。
「七日七夜といふに、
武蔵の国に行き着きにけり」とある。
さて二人を武蔵の国へ追っていた人々に、皇女は、
<これは私が命じたことです。
私はこの男とこの国に住みたい>
都では、天皇はこれを聞かれて、
<しょうがない、
今更、都へ連れ帰ることも出来まい>
と仰せられ、その男に武蔵の国をあずけられた。
立派な邸を造って二人は幸福に暮らしたという。
その邸を寺にしたのが、竹芝寺だという。
ただ朝廷では、
この先例に懲りて、
後宮に近い火炉屋には、
女を詰めさせることにさせられた。
この作者の大中臣能宣(おおなかとみのよしのぶ)は、
有名な奈良の桜の八重桜の歌の、
61番の作者・伊勢大輔の祖父である。
代々神職の家で、
伊勢大神宮の祭主であり、
神祇大副(神官を管理する役所の次官)を兼ねていた。
この衛士の歌、
声調なだらかに力強く張った、
いい歌だと思う。



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