むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

48番、源重之

2023年05月19日 08時15分06秒 | 「百人一首」田辺聖子訳











<風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ
くだけてものを 思ふころかな>


(風の烈しさはわが恋心の烈しさか
岩うつ波は 砕け散る
うち寄せうち寄せしても
岩はびくとも動かぬ
砕け散る波の姿は あれは ぼく
きみは岩
君は心を動かしてもくれない
片恋の苦しさに
心砕け 心乱れる
このごろの ぼく)






・この歌は、意あまって言葉足らず、
一読しただけでは 何の意味かようわからん、
というところがある。

しかし、何か訴えたいことがあるらしい、とわかる。
千年前の作者にただすことは出来ない。

何べんもこの歌を読んでいると、
やっと意味がわかり、
一種凄愴美というものに打たれる。

朴訥で無口なだけに、
かえって心に強い情熱を持っている、
青年のイメージがある。

調べが美しく、
秘めた情熱をよく伝えているので、
古来から愛されてきた歌である。

この重之の歌は、
『詞歌集』の恋の部に出ていて、詞書に、

「冷泉院 東宮と申しける時、
百歌たてまつりけるによめる」

とある。

冷泉院東宮時代といえば、
天暦四年(950)~康保四年(967)、
そのころ源重之は東宮警備の長であった。

重之は清和天皇の皇子・貞元親王の孫にあたる。
清和源氏といわれる家すじである。

三十六歌仙の一人で、
勅撰集に入った歌は六十六首。

重之はあちこちへ赴任した。
最後の赴任先の陸奥で没している。

筑紫にもいたとみえ、
当時の歌人としては見聞が広かった。

ついでに各地の女性とも交渉があったらしいが、
発散型の恋愛ではなく、
みな、しんみりと地味である。

赴任先によっては、
京に子を置いていくこともあり、
田舎へ伴う子もあったらしい。

<人の世は 露なりけりと しりぬれば
親子の道に 心おかなむ>

大きくなった子を陸奥で死なせたりした。

<さもこそは 人におとれる 我ならめ
おのが子にさへ 後れぬるかな>

年老いて陸奥に二度目の赴任となった。

<旅人の わびしきことは 草枕
雪降るときの 氷なりけり>

昔会った衣川の関の長は、
当然ながら昔より老いていた。

<昔見し 関守もみな 老いにけり
年のゆくをば えやはとどむる>

人生の辛酸を経て、
真面目で地味な性格になった。






          


(次回へ)

この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 47番、恵慶法師 | トップ | 49番、大中臣能宣 »
最新の画像もっと見る

「百人一首」田辺聖子訳」カテゴリの最新記事