・源氏と頭の中将のもとへ、
「御宿直(おんとのい)のお伽を・・・」
と人々がやってきた。
いずれも当代、
聞こえた風流男で、
弁も立つ連中なので、
頭の中将は喜んで話に引き入れた。
「中流階級の女というよりも、
たとえば草深い家の、
世間から忘れられているような邸に、
思いもかけぬ、
美しいかしこい娘がいるとか、
あるいはまた、
太った醜い老人の父親、
風采の上がらない兄などを見て、
こんな家の娘は知れたものだと、
軽蔑していたところ、
これが意外に美人で才女だったりすると、
男は心をそそられて、
お、これは・・・
とがぜん好奇心をもち、
やがて恋になったりする、
というものです」
と佐馬の頭は、
式部の丞を見ていった。
式部の丞には美人の妹がいて評判なので、
それをあてこすっているのか、
式部の丞は返事もしない。
頭の中将は、
「そうだな。
意外性、ということは、
男の恋心をそそるからね」
とうなずく。
源氏は自分からはしゃべらず、
微笑して聞くだけである。
白い衣のやわらかなのに、
直衣をしどけなく着、
脇息によりかかっている横顔は、
灯に照らされて何とも美しい。
「しかし、それもこれも、
所詮は、生涯連れ添うべき、
理想の妻を探し求めたい、
というのが願いでしてね。
いや、なかなか、
理想の妻、
なんてものはいやしませんよ。
やさしくて才気があるかと思うと、
多情で浮気者だったり。
家庭さえちゃんと守ってくれればよい、
と申しましても、
髪は耳へはさんで化粧けもなく、
なりふりかまわず働く、
という世話女房も、
味気ないものでございます。
男は仕事の場でおかしかったことや、
腹の立つことも、
つい、家に帰って、
妻にいいたい時があるものですが、
いやいや話したとて、
どうせ妻にはわかるはずもなし、
などと思って、
ひとり言をいってまぎらせてる、
などというのも、
ぱっといたしません」
佐馬の頭は源氏や頭の中将、
といった貴公子よりはずっと年上であり、
その豊富な経験を披露するのが、
得意でたまらないらしかった。
「夫婦というのは良かれ悪しかれ、
一生別れずに扶け合い、
添い遂げてこそ縁も深く、
ゆかしく思われるのです。
それもちょっとしたことで、
拗ねて尼になってしまい、
あとから後悔して、
泣き顔で短くなった髪をさわってる女、
などというのは軽率なものです。
夫に愛人ができたといって、
すぐつんけんする女も困ったもの、
おだやかにそれとなくいう怨みごとは、
可愛くていいのですが、
角を出してたけり狂うと、
男もあとへ引けなくなってしまいます。
そのへんを賢い女ならば、
心得ていますがね」
佐馬の頭がいうのへ、
頭の中将は同意して、
「そうだね、
聡明な妻なら、
だまって耐えて長い目で、
夫を見ているだろうね」
といったのは、
自分の妹(源氏の正妻)を思い浮かべてのこと。
しかし源氏は聞いているのかいないのか、
言葉をはさまないので、
中将は物足りなかった。
佐馬の頭は、
「もう、何でございます。
お二方のような貴人はともかく、
私どもでは、
身分も容貌も才気も問いません。
片寄った性格でなければ、
そして、まじめで素直な人柄であれば、
生涯の妻と定めたいと思います。
じつは昔、
この理想にほぼ似通った妻がございましてね。
家事も手抜かりなく、
まじめでしっかりした働き者で、
容貌はまあ、自慢できませんが、
何より私にぞっこん惚れていた女でして・・・」
「ほんとの話なのか」
頭の中将はいい、
みんな笑った。
「ほんとでございます。
ぶさいくな女ですが、
私に嫌われまいとして化粧にも気をつけ、
来客が参りましても、
夫の恥になっては、
と陰にかくれるように、
つつましくふるまって、
私の世話などもよくしてくれました。
しかしただ一つ、
やきもちで困りました。
ちょっとほかの女に色目を使った、
といっては邪推し、
たけり狂って言い合いになり、
私の指にかみついたりするのです。
私も腹が立ち、
それから切れるの別れるのと大騒動、
こらしめのつもりで、
しばらく女の家へ行きませんでした。
加茂の臨時祭りの調楽が、
御所であった夜です。
退出が遅くなりましてね。
おまけに霙の降る寒さです。
朋輩はみな帰るべき家庭があるのに、
私一人、
御所の宿直室で眠るのもわびしいし、
色好みの女たちのところへいくのも、
気ばかり張って寒い目にあう、
結局、その女の所しか、
行き先はないのです。
暖かくて、
おいしいものが食べられて、
『お帰りなさい』
といってもらえるようなところは・・・
で、少々きまりが悪かったのですが、
まいりました。
すると、
暖かそうな柔らかい綿入れの着物を暖めて、
寝るばかりに用意して待っているのです。
私、少し得意でございました。
ところが、です。
かんじんの本人は、
父親の邸へ出かけて留守。
召使いたちが留守番をしている。
憎らしいではありませんか。
女の方は、
私が今後絶対に浮気しない、
他の女に目もくれぬ、
と誓うなら元通りになってもよい、
というのです。
話し合いが長引いているうちに、
女は心労で寝込んで亡くなってしまいました。
あんな女に冗談は通じないものですね。
今思うとかわいそうなことをした、
と思います」
「惜しいことをしたねえ。
そこまで自己主張できる女、
というのはあり難いもので、
貴重な存在なのに・・・」
頭の中将は話に興が乗ったのか、
「たよりない女、
おとなしすぎる女、
というのも困ったものだよ。
一つ私の話をしよう。
以前のことだが、
私がひそかに囲っていた恋人があった。
(頭の中将の恋人は夕顔)
はじめは遊びのつもりだったが、
長く馴染んでいる間に、
別れがたい気になってね。
父親もなく、
頼る人もない身の上なので、
私一人によりすがっているから哀れで、
可憐だった。
女の子も生まれた。
(将来登場します~玉鬘姫)
いつまでも面倒を見るつもりだったが、
向こうにしてみれば、
来たり来なかったりの私の態度に、
さぞ不安もあったろうと、
今になってみればわかるけどね。
そのうち、
私の妻の実家で、
この女の存在を知って、
ひどいことをいって脅かしたそうだ。
いや、私はあとで聞いて知った。
かわいそうに女は一人、
くよくよ思い悩んで、
撫子の花を使いに持たせてきたりしてね・・・」
「ほう、どんな手紙だったんだ?」
源氏は聞いた。
(次回へ)