むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

2、夕顔 ①

2023年07月16日 08時44分55秒 | 「百人一首」田辺聖子訳










・源氏と頭の中将のもとへ、
「御宿直(おんとのい)のお伽を・・・」
と人々がやってきた。

いずれも当代、
聞こえた風流男で、
弁も立つ連中なので、
頭の中将は喜んで話に引き入れた。

「中流階級の女というよりも、
たとえば草深い家の、
世間から忘れられているような邸に、
思いもかけぬ、
美しいかしこい娘がいるとか、
あるいはまた、
太った醜い老人の父親、
風采の上がらない兄などを見て、
こんな家の娘は知れたものだと、
軽蔑していたところ、
これが意外に美人で才女だったりすると、
男は心をそそられて、
お、これは・・・
とがぜん好奇心をもち、
やがて恋になったりする、
というものです」

と佐馬の頭は、
式部の丞を見ていった。

式部の丞には美人の妹がいて評判なので、
それをあてこすっているのか、
式部の丞は返事もしない。

頭の中将は、

「そうだな。
意外性、ということは、
男の恋心をそそるからね」

とうなずく。

源氏は自分からはしゃべらず、
微笑して聞くだけである。

白い衣のやわらかなのに、
直衣をしどけなく着、
脇息によりかかっている横顔は、
灯に照らされて何とも美しい。

「しかし、それもこれも、
所詮は、生涯連れ添うべき、
理想の妻を探し求めたい、
というのが願いでしてね。

いや、なかなか、
理想の妻、
なんてものはいやしませんよ。

やさしくて才気があるかと思うと、
多情で浮気者だったり。

家庭さえちゃんと守ってくれればよい、
と申しましても、
髪は耳へはさんで化粧けもなく、
なりふりかまわず働く、
という世話女房も、
味気ないものでございます。

男は仕事の場でおかしかったことや、
腹の立つことも、
つい、家に帰って、
妻にいいたい時があるものですが、
いやいや話したとて、
どうせ妻にはわかるはずもなし、
などと思って、
ひとり言をいってまぎらせてる、
などというのも、
ぱっといたしません」

佐馬の頭は源氏や頭の中将、
といった貴公子よりはずっと年上であり、
その豊富な経験を披露するのが、
得意でたまらないらしかった。

「夫婦というのは良かれ悪しかれ、
一生別れずに扶け合い、
添い遂げてこそ縁も深く、
ゆかしく思われるのです。
それもちょっとしたことで、
拗ねて尼になってしまい、
あとから後悔して、
泣き顔で短くなった髪をさわってる女、
などというのは軽率なものです。

夫に愛人ができたといって、
すぐつんけんする女も困ったもの、
おだやかにそれとなくいう怨みごとは、
可愛くていいのですが、
角を出してたけり狂うと、
男もあとへ引けなくなってしまいます。
そのへんを賢い女ならば、
心得ていますがね」

佐馬の頭がいうのへ、
頭の中将は同意して、

「そうだね、
聡明な妻なら、
だまって耐えて長い目で、
夫を見ているだろうね」

といったのは、
自分の妹(源氏の正妻)を思い浮かべてのこと。

しかし源氏は聞いているのかいないのか、
言葉をはさまないので、
中将は物足りなかった。

佐馬の頭は、

「もう、何でございます。
お二方のような貴人はともかく、
私どもでは、
身分も容貌も才気も問いません。
片寄った性格でなければ、
そして、まじめで素直な人柄であれば、
生涯の妻と定めたいと思います。

じつは昔、
この理想にほぼ似通った妻がございましてね。

家事も手抜かりなく、
まじめでしっかりした働き者で、
容貌はまあ、自慢できませんが、
何より私にぞっこん惚れていた女でして・・・」

「ほんとの話なのか」

頭の中将はいい、
みんな笑った。

「ほんとでございます。
ぶさいくな女ですが、
私に嫌われまいとして化粧にも気をつけ、
来客が参りましても、
夫の恥になっては、
と陰にかくれるように、
つつましくふるまって、
私の世話などもよくしてくれました。

しかしただ一つ、
やきもちで困りました。

ちょっとほかの女に色目を使った、
といっては邪推し、
たけり狂って言い合いになり、
私の指にかみついたりするのです。

私も腹が立ち、
それから切れるの別れるのと大騒動、
こらしめのつもりで、
しばらく女の家へ行きませんでした。

加茂の臨時祭りの調楽が、
御所であった夜です。
退出が遅くなりましてね。

おまけに霙の降る寒さです。
朋輩はみな帰るべき家庭があるのに、
私一人、
御所の宿直室で眠るのもわびしいし、
色好みの女たちのところへいくのも、
気ばかり張って寒い目にあう、
結局、その女の所しか、
行き先はないのです。

暖かくて、
おいしいものが食べられて、
『お帰りなさい』
といってもらえるようなところは・・・

で、少々きまりが悪かったのですが、
まいりました。

すると、
暖かそうな柔らかい綿入れの着物を暖めて、
寝るばかりに用意して待っているのです。

私、少し得意でございました。
ところが、です。

かんじんの本人は、
父親の邸へ出かけて留守。

召使いたちが留守番をしている。
憎らしいではありませんか。

女の方は、
私が今後絶対に浮気しない、
他の女に目もくれぬ、
と誓うなら元通りになってもよい、
というのです。

話し合いが長引いているうちに、
女は心労で寝込んで亡くなってしまいました。

あんな女に冗談は通じないものですね。
今思うとかわいそうなことをした、
と思います」

「惜しいことをしたねえ。
そこまで自己主張できる女、
というのはあり難いもので、
貴重な存在なのに・・・」

頭の中将は話に興が乗ったのか、

「たよりない女、
おとなしすぎる女、
というのも困ったものだよ。

一つ私の話をしよう。
以前のことだが、
私がひそかに囲っていた恋人があった。
(頭の中将の恋人は夕顔)

はじめは遊びのつもりだったが、
長く馴染んでいる間に、
別れがたい気になってね。

父親もなく、
頼る人もない身の上なので、
私一人によりすがっているから哀れで、
可憐だった。

女の子も生まれた。
(将来登場します~玉鬘姫)

いつまでも面倒を見るつもりだったが、
向こうにしてみれば、
来たり来なかったりの私の態度に、
さぞ不安もあったろうと、
今になってみればわかるけどね。

そのうち、
私の妻の実家で、
この女の存在を知って、
ひどいことをいって脅かしたそうだ。

いや、私はあとで聞いて知った。

かわいそうに女は一人、
くよくよ思い悩んで、
撫子の花を使いに持たせてきたりしてね・・・」

「ほう、どんな手紙だったんだ?」

源氏は聞いた。






          


(次回へ)

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