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・須磨に春が来た。
早や、一年が経った。
あの別れの日のそれぞれに切なかった、
女(ひと)たちとの思い出もさることながら、
過ぎしひととせの花の宴に、
亡き父院の麗しいご機嫌、
そのころ、東宮でいらした兄帝の、
清らかなお姿、
それからそれへと思われる。
つれづれなある日、
思いがけぬ訪問客が源氏を喜ばせた。
親友の三位の中将である。
今は宰相に昇進し、
世間からも重んじられているものの、
源氏のいない世の中があじけなくて、
毎日つまらぬ思いをしていた。
それで、
(ままよ、大后一派が何を言おうと、
それで罪に落とされるなら、
それまでのことだ)
と急に思い立って、
須磨までの陸路何十里を訪ねてくれたのだ。
「よく来てくれた。感謝する」
源氏は親友の手をとった。
親友同士の話は尽きない。
男ばかりの生活、
田舎屋の風趣・・・
夜一夜、
京のうわさを語り合った。
「夕霧は元気だよ。
無邪気に可愛いのが、
父(元右大臣)には悲しくて辛そうだ」
中将の供の男たち、
源氏に仕える若者たちも哭いた。
彼らは旧知の間柄であり、
都にいたときは親しい仲でもあった。
久しぶりの二人の対面のあわれは、
彼らにもあるのであった。
旧友との再会は、
かえって源氏の心をさびしくした。
宰相の中将は別れにのぞんで、
笛をおくり、源氏は黒い馬を贈った。
「流人の贈り物は不吉かもしれないが、
故郷の風が吹けば、
この馬もいななくかもしれないから」
「これはすばらしい逸物だ」
中将は喜んだ。
見送る者、見送られる者、
名残りは尽きなかった。
「いつまたお会いできるか。
永久にこのまま、
ということはあり得ないだろうけれど」
中将がいった。
「いや、わからない。
いったんこんな境涯に堕ちれば、
再び返り咲くことはむつかしいのが世のならい。
都をまた見ようという色気は捨てているよ」
源氏はきっぱりと答えた。
「君のいない都は火が消えたようだ。
特に私は毎日あじけなくて張り合いがない。
いつかまたきっと、
都へ帰ってこられる日のあることを信ずる」
源氏と宰相の中将は、
しっかと手を握り合い、
肩を抱き合って別れた。
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(次回へ)