![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/41/96902390858e80df9ace8b17d7c7a629.jpg)
・入道の話を聞いて、
源氏は物思いに捉われていた。
何という不思議な話だろう。
自分が思いもかけぬ、
こんな田舎にさすらうようになったのも、
もしかしたら、
大いなるもののおん手に、
知らず知らず動かされていたのかもしれない。
「浅からぬ前世の契り、というのは、
こういうことをいうのでしょうか」
源氏もしんみりして言った。
入道は、
日ごろ念じ暮らしていたことを、
残らず源氏に話して、
胸のつかえが下りたような、
晴れ晴れした顔をしていた。
源氏は、入道の娘に強い関心をもった。
どういう娘なのだろう。
こういう片田舎にこそ、
すばらしい女性がいるかもしれないと、
久しぶりに青年らしい昂ぶりを感じた。
それは、都に置いて来た可憐な紫の君への、
愛情とは全く別のところで、
うごめいている男の好奇心である。
源氏は念を入れて手紙を書いた。
入道は折も折、娘の家に来ていた。
実は人知れず、源氏から娘への、
求愛の手紙を心待ちしていたからである。
期待通りに手紙が来たので、
入道は大喜びで使者をもてなした。
娘はしかし返事を書かない。
娘は源氏の身分や、
自分の身を思ったりして、
気おくれして恥ずかしく、
しまいに気分が悪いと横になってしまった。
入道は困って自身で返事を書いた。
源氏は次の日、
娘あてにまた手紙を書いた。
「代筆のお手紙はすこし、
がっかりしました。
私の方はまだ見ぬ人ながら、
ひそかにお慕いしています」
娘は、若い女らしく、
心ときめかせてその手紙を見た。
源氏の君が、
貴族の姫君にするように、
自分をねんごろに扱って下さった、
と思うだけで、娘は嬉しかった。
いつものように娘は返事を拒んでいたが、
まわりにせきたてられて、
とうとう筆をとった。
「まだ見ぬ人を恋するということなど、
あるものでございましょうか。
お言葉のたわむれとしか思いませぬ」
源氏が見たその手紙は、
筆蹟といい、気品といい、
都の貴婦人に劣らぬくらいである。
源氏はさながら京にいる心地がした。
しげしげと手紙を遣るのも、
人目が気になるので、
二、三日おきに、風情のあるとき、
手紙を書いた。
娘の返事は、充分、
源氏に対抗する力量あるものだった。
(心ざま深く、気位高い娘だな)
源氏はいよいよ、娘にひかれてゆく。
娘のみめかたちを、
今は、この目で見たくなっていた。
それは娘を恋人とすることを、
意味している。
しかし源氏は、良清のことを忘れていない。
良清がいつぞや、
娘の噂話を得意然としていたことを覚えている。
本来なら良清程度の男が、
求愛してしかるべき身分の娘なのだ、
という気が、源氏にはあった。
それに、良清が年頃、
娘に執心しているものを、
彼の目前で奪うというのも哀れであり、
源氏はためらわれた。
(娘の方から積極的に、
近づいてくるのならば、
良清に対しても言い訳も立つのだが)
などと思うが、
娘は娘で、都の貴婦人のように気位たかいので、
われから進んで源氏になびくどころか、
つんとして、身を高く持している。
こうして根気くらべのような形で、
時は過ぎてゆく。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0188.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0188.gif)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/img_emoji/m_0188.gif)
(次回へ)