「姥ざかり」

田辺聖子著
昭和56年新潮社刊より

2、小説家の休暇

2022年01月19日 09時04分13秒 | 田辺聖子・エッセー集











・ここ二、三年、私は正月を海外で過ごすことにしている。

所帯を持って十数年、毎年、正月におせち料理をしたり、
雑煮を作ったり、来客を迎えたりしていた。

娘たちに晴れ着を着せてやるのも楽しみであり、
彼女らにおせちや雑煮の仕方を覚えさせるのも楽しみであった。

しかし、今思うとあれは若さの最期の輝き、
つまり、まだ健康がそこばくはあったせいなのだ。

五十近くになって、くたびれてしまった。
平生が全力疾走の生活なので、正月も別の形で疾走し続けていると、
疲れがはげしい。

そのうち、子供たちも正月には家に居つかなくなって、
正月はタダの休暇になってしまった。

その頃から健康に自信がなくなり、
一年の疲れが年末にどっと来るようになった。
平素の運動不足がたたって、健康は落ちるばかり。

この運動不足も私の側に言い分はあって、
あまりお日さんに当たったり運動すると、
いい加減断ち切れそうな細い創作意欲の糸が、
よけい断ち切られてしまいそうな気がする。

青空の下、ジョギングやゴルフをやると、もういけない。
書く気なんか失せ果てる。

不健康な生活で、もぞもぞしている、
そうすると一年の終りに疲れ果ててしまう。


・年末年始の休暇に、ハワイと台湾を選び、
一昨年、昨年と行った。ハワイはパックであったが、
台湾は古い友人がいるからという理由。

ハワイはいつ行っても休暇ムードの島で、
開放感あることは日本で味わえない楽しさであろう。

空や海の自然もいいが、ハワイで働く人がまたいい。
抑え手のないまま、ぬ~っと大きくなったという、
野放図もない感じがまたいい。

更にいうと、風のよく吹き抜けるムームーという、
南海の楽園風な衣服もいい。貝のネックレス、
徹底的にナマケモノになるのを許される気分があり、
あたまのネジはゆるみっぱなしになるのもいい。

それとは別に、台湾の休暇も楽しい。
台北と新竹で遊んだが、町は戦前の大阪風で楽しかった。

正月は龍山寺にお参りして、故宮博物館へ行ったら、
正月で入館料はタダだった。

この町では高級ホテルではなく、
町なかのホテルに普通に泊りたい。

ちょっと出て、おいしいラーメン屋台で食べるとか、
道ばたで「かきたま」と私は名づけているが、
カキに卵をぶっかけ、香菜を散らした熱々のものを食べるのがよい。

「百貨行何処?」と紙に書いて道行く人に見せると、
人々は英語交じりで教えてくれる。

台北は騒々しくなっていて、
むしろ台中が私には京都のようにみやびやかないい町に思える。

台北を汽車で郊外へ出ると、美しい田園風景が広がり、
日本とは違う。これこそ夢の島、蓬莱の島なのか。

台湾の東海岸からは勾玉が出土するのも不思議である。
台湾玉の勾玉で、あきらかにこの島で制作され用いられたもの。

「魏志倭人伝」の、あの数ある国のどれか一つがこの島に、
当たるに違いない。

私は新竹の大きな食べ物屋台の喧騒の中に身をおいて、
古代の南海諸島の港の賑わいを思いやる。

私にとって休暇の地は台湾がしっくり身に合う。
好きな土地のようだ。

こういう少しごみごみした、もぞもぞした、もやもやした土地の方が、
「顔を洗うて書く」小説家でない私にぴったりする。

(1980年・1月)






          


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 1、ぬくうなりますなあ  ② | トップ | 3、神々の賞でし島 »
最新の画像もっと見る

田辺聖子・エッセー集」カテゴリの最新記事