むかし・あけぼの

田辺聖子さん訳の、
「むかし・あけぼの」
~小説枕草子~
(1986年初版)角川文庫

5、アメリカ・アメリカ  ①

2022年01月22日 09時07分48秒 | 田辺聖子・エッセー集










・八日間ばかりニューヨークにいた。
なんでニューヨークを選んだか、理由ははっきりわからない。

ただ、パリへ行く、ということとは違うということ。
パリであれば、見るもの買うもの食べるもの、すべて想像できるが、
ニューヨークは何があるかわからない。

それでいて、何かあるに違いない。
そう思わせるところがある。
一種のかぐわしいものといってよい。

日本にはないもの、きっと鎖国時代の人々は、
舶来のギヤマンの壷や珍陀の酒、ビロードなどを見た時、
日本人の発想にはないものを感じて昂ったかもしれない。

ロンドンやパリ、サンフランシスコなんかをひっくるめたより、
もっと混沌とした未知がありそうな気がする。

むろん、これは私のロマンチックな想像に過ぎないかもしれないが、
そして現にそうだったのだが、私はアメリカはハワイ以外は初めて。

丁度、雑誌「マダム」編集部が、
アメリカ商務省の観光局から航空券がもらえるという話を、
もたらして下さった。

これはアメリカ政府が親善外交の一端として、
いくばくかの人数を招待するらしい。
別に私が名指しで招待されたわけではない。

私は取材の上からもファーストクラスとやらに乗ってみたい。
商務省のご好意に甘え、割り当ててもらうことにする。

同行するのは、カモカのおっちゃん。
私もおっちゃんも戦前育ち、英語が出来ないので、
英語が堪能な中年男、ヨーちゃんについて行ってもらうことにした。

ヨーちゃんはニューヨークにしばらく住み、
三年前に帰国したので、通訳とガイドを兼ねてもらえる。

モウさんという画家も加わることになった。

割当ては航空券だけで、宿代、食事代、飲んだり遊んだりのお金は、
私が一括して出すことになった。

平均年齢、五十五才。
私が最年少という中年四人組パーティで出発した。

アメリカのくれる航空券だから、むろんパンナム。


・出発の伊丹空港でゴタゴタした。
ファーストクラスは満員でキャンセル待ち、
大体がタダの券だから、今さらお金を出すといっても、
関係ないのである。

以後、ヒコーキに乗る度、キャンセル待ち、
最後まで乗れるか乗れないか分からない始末。

しかし、パンナムのファーストクラスの食事はかなりご馳走である。
前菜からコーヒーまでのフルコース。

ローストビーフ、チキンのカレー煮、舌平目のムニエル、
このうちから一つを選ぶ。酒は欲しいだけもらえる。

かのエコノミークラスのプラスチック皿を配られるのとは大違い。
といって、エコノミークラスの皿で食べても、
私は一向にいやではない。

何といってもパックの旅は気楽でよろしく、
うまく活用できればそれにこしたことはない。

宿を決める、荷物運び、空港での手続きなどは、
慣れた人には何でもないだろうが、普通の人間には苦痛である。

ヨーちゃんがみなやってくれたが、
平均年齢五十五才というモタモタで、
おっちゃんといいモウさんといい、
たくましく乱世を生きのびた世代ではないので、
おっとりしたお殿さまであるのだ。

私自身、何も出来ないが気だけはイライラしている。
これで、一人、達者で旅慣れた若者の心利いた友人がいればなあ、
と、旅の間中、私は思った。男の子でも女の子でもよい。

つまり、足軽というか、使い勝手のいい子である。
他の人がみな足軽で、自分一人「お殿さま」という旅が理想である。


・ニューヨーク滞在一週間のうち、前半は天気がよく、美しい日々。
中年お殿さまたちとの旅もそれなりに楽しい。

プラザホテルはセントラルパークの側で高級である。
暖炉つきの寝室に応接間があり、ブルーと白を基調にしたインテリア、
いろんなホテルに泊まったけれど、シャンデリアのあるホテルは初めて。

セントラルパークは観光馬車が辻待ちしている。
公園が広大で緑が多く、馬車はその緑によく合って、
いい風情なのだが、馬糞の異臭が秋空にただよう。
それらが鼻をかすめるのも旅情があっていい。

公園にはジョギングをしている人が多い。
広い公園なのだが、リスがいっぱいいて、
人を恐れる風もなく、木の実を食べていた。

パークの前には露店がいっぱい出て、
自分で作ったものを並べて売っているのだが、
絵が最も多い。みなどこかで見たような絵。

針金細工や機械の切れっぱしを集めて額に入れているの、
石膏に画を描いたもの、陶器の人形。

「アメリカ人て、金気のもの、金属的なものが好きなのかも」
と思った。何かいいものは、とかなり丹念に探したが、
見当たらなかった。






          


(②へ続く)

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