共謀罪より参加罪

さすがに河野衆議院議長が、共謀罪の強行採決に待ったをかけた。特にメディアが極めて高い関心を寄せるこの法案を、更なる与党修正案が提出されたとはいえ、このまま強行採決するには、機が熟していないと判断したからだ。

そもそも、当該条約「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」は、1999年(平成11年)1月に審議がスタートし、2000年(平成12年)7月に開催された第10回特別委員会において、条約の案文について各国合意が成立、同年11月15日、国連総会で採択されたものだ。同12月、日本は条約に署名したが、実は、条約の案文作成の段階で、日本は共謀罪について積極的にかかわっていた。

第5条「組織的な犯罪集団への参加の犯罪化」

1締約国は、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な立法その他の措置をとる。(a)次の一方又は双方の行為(犯罪行為の未遂又は既遂に係る犯罪とは別個の犯罪とする。)

()共謀罪

金銭的利益その他の物質的利益を得ることに直接又は間接に関連する目的のため重大な犯罪を行うことを一又は二以上の者と合意することであって、国内法上求められるときは、その合意の参加者の一人による当該合意の内容を推進するための行為を伴い又は組織的な犯罪集団が関与するもの

()参加罪

組織的な犯罪集団の目的及び一般的な犯罪活動又は特定の犯罪を行う意図を認識しながら、次の活動に積極的に参加する個人の行為

a組織的な犯罪集団の犯罪活動

b組織的な犯罪集団のその他の活動(当該個人が、自己の参加が当該犯罪集団の目的の達成に寄与することを知っているときに限る。)

共謀罪の項の下線の部分は、日本の要求によって加筆されたものだという。政府は、条約に基づく国内法立法のため、2002年(平成14年)9月、法制審議会に諮問するのだが、その時点で既に、共謀罪の法案要綱が提示されることとなる。共謀罪の条文そのものに日本のおそらくは法務省の意向が、このように明示されていることからもわかるように、参加罪を選択することが可能であるにもかかわらず、検討すらせず、日本は初めから共謀罪一本に絞っていたのだ。

本来なら、国会や法制審議会に図った上で、共謀罪を選択するのか、参加罪を選択するのか、あるいはその両方を選択するのかを決めるべきだった。G8の中でもフランス・イタリア・ドイツ・ロシアは参加罪を選択している一方で、日本は、外務省と法務省、特に法務省の強い意向が働き、官僚の独断で共謀罪を選択してしまったのだ。なぜ共謀罪を選択したのかという問いに対して、法務省は、「参加罪は日本の法制度には無いが、共謀罪は日本の法制度に既にあったからだ」と回答している。まったく納得がいかない。これでは説明にもなっていない。

あらゆるところで反対されている政府案は、当初、長期4年以上の自由刑・619にも及ぶ犯罪が処罰の対象となっていた。政治団体の収支報告書不提出でさえ対象となるうえ、市民団体が、辺野古沖の海上ボーリングを阻止しようと船を出すことを相談しただけでも、威力業務妨害罪の共謀罪に問われることになるのだ。明らかに組織的犯罪とは無縁のものや地域の切実な市民運動が共謀罪に問われる政府当初案は、民主主義を根底から覆すものだった。さすがに、与党は修正案を提出し、市民運動まで対象とはしないと主張しているが、その保証はどこにもない。政権が変われば解釈が変わってしまうような法律は、そもそも法律としては不適格だ。

外務省や法務省の面子のために、国民を無視して勝手に共謀罪を選択し、あとは条約上の義務だからと政府案を押し付ける政府の姿勢は、断じて許されるものではない。まさに官僚政治そのものではないか。しかも、共謀罪を採用したアメリカ・イギリス・カナダが、どのような国内法を運用しているのかさえ、政府は調査もしていないのだ。民主主義国家では、個人の自由が最大限に尊重されなければならない。強行採決しようとした政府案は、集会・結社の自由や思想・信条・言論の自由を剥奪する民主主義とは正反対の強権的な法案だ。国民を守るどころか、国民を抑圧するための法律になりかねない。

審議が続行されることを機に、もう一度、参加罪についても検討をすべきではないかと私は思う。両者を比較すれば明らかなように、参加罪のほうが、より条約本来の趣旨にかなっている。共謀までいかず参加しただけで罪に問われるが、処罰の対象が極めて明確に定められる。組織的な犯罪集団すなわち、指定暴力団やアルカイダのような国際テロ組織、国際的な密入国組織である蛇頭や歌舞伎町界隈を席巻する台湾マフィアなどに対象を限定すれば、参加罪こそ誰もが納得する極めてわかりやすい法律となる。

この際、むしろ、参加罪の新設に方向転換すべきではないか。国際的な組織犯罪の防止あるいはそれと戦うことが、条約本来の目的だ。善良な国民の自由と安心を守るためにも、共謀罪ではなく、「指定暴力団」「国際テロ集団」「蛇頭」「マフィア」に対象を限定した参加罪の創設を、私は強く求めたい。

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